− 第621回 −  筆者 中村 達


『冬用タイヤのこと』

 この冬一番の寒さ、といわれているが車載の温度計は、外気温が10度だ。確かに北風がややきつく、体感温度は寒くは感じるが、である。昨年末に買ったスタッドレスタイヤは、いまだ雪の上を走ってはいない。先日、信州まで車で出かけたが、道路に雪は全くなかった。こんな経験は初めてだ。私が住んでいる関西では、山間部は別にして積雪は例年よりもかなり少ないと思う。

 さて、一昔前までは、冬といえばタイヤチェーンが必需品だった。信越地方にスキーに出かけ、途中チェーンの脱着を何度も繰り返して、着ていたものがすっかり汚れてしまったこともあった。その後、スパイクタイヤが主流となった。その頃はまだ珍しかった4WDのステーションワゴンにスパイクタイヤを履いて、雪が降れば嬉しそうに京都の市街地や、周辺の山間部を走っていた。思い起こせば褒められたことではない。

 その後、スパイクの粉塵が環境問題化して使用が禁止になり、スタッドレスタイヤにとってかわったと思う。スタッドレスタイヤは性能もよくなって、凍った道でもしっかり制動が利くようになった。ただ、よく知られているように、スピードは抑え、急発進、急ストップは禁物だ。一度滑り出したら制御できなくなる。

 私自身何度もヒヤッとした経験がある。一度は大きな事故に遭った。凍結した雪道で対向車と正面衝突してしまった。緩いカーブで対向車がセンターラインを越えてきて、私の車に激しくぶつかった。後部座席に乗せていた子どもが「お父さんぶつかる!」と叫んだ。その瞬間、ワゴン車が私の車の正面に突っ込んできた。

 ドーンという鈍い音とともに衝撃があった。一瞬、何が起こったのかわからなかったが、フロントガラスが割れた対向車を見て、ぶつかったと理解できた。少し時間がかかった。

 後部座席を振り返って「大丈夫か?」と子どもたちに声をかけた。大丈夫と返ってきた。どうやら対向車が滑り出して衝突するまでに、少しの間があり、その間に本能的に身構えたようだ。私も子どもたちにもケガはなく、ホッとした。
 対向車は仕事に向かう途中らしく、会社名の入ったワゴン車で、運転手は20歳代の若者だった。タイヤはノーマルだった。彼は私に謝罪とケガの有無を確認したのち、血が滲んだ手で、道路に散乱した雪混じりのガラス片をかき集め、他車の通行に支障がないようにと掃除をしていた。
 それを見た子どもたちが「お父さん、怒ったらあかんで!」と言った。

 しばらくして、警官がやってきた。「こんなしょうもない事故を起こして!」と、若者に言った。事故にしょうもないも、いいのも、ないのになぁと思った。ちなみに事故は100対0で、修理代は250万円ほどだったと保険会社から聞いた。

 冬になればこのスリップ事故を思い出す。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員