− 第609回 −  筆者 中村 達


『フリークライミング』

 東京五輪でスポーツクライミングが注目されている。人工的な壁、つまりボードなどをいかに早く正確に登るかという競技だ。ニュースなどで競技の様子を見ると「凄い」という言葉しかない。そして、私が岩登りにのめり込んでいたものとは別物だと思う。これはスポーツだ。それに、タイムや難しいルートを登る競技であっても、ロープ(ザイル)で確保されているので死に至る事故はほとんどないようだ。ボルダーリングでも下にはマットが敷かれているので、大きな事故の危険性は少ないと思う。    私たちが必死に登っていた岩壁でも、スポーツクライミングの選手が取り付けば、いとも簡単に攀じってしまうと想像する。半世紀も昔のことだが、神戸に人工岩場が出来て、どんなものかと、京都から登りに出かけたことがあった。 攀じっていると見学者がやってきた。その見学者は、前年に日本人で初めてエベレストに登頂した登山隊のメンバーだった。彼らに促されて、再び登り始めたものの緊張して身体がこわばったのを憶えている。  かつて岩登りは、登山靴やせいぜいクレッターシューズと呼ばれた軽量なクライミング専用のような靴しかなかった。私が履いていたクレッターシューズは、カラコルムのキャラバンで履いていたぐらいだから、ソールは登山用のものだった。いまのスポーツクライミング用とは別物だった。  また、国内の本番の岩場では、固い登山靴のつま先で立って登攀した。だから、高価な欧米製の登山靴の先端だけがすり減るのが悩みだった。
 そんな昔のことはともかく、このようなクライミングがスポーツとして注目されるのは素晴らしいと思う。  長野県小諸市郊外にある安藤百福センターでも、森の中にクライミングタワーが設置された。この秋、子どもたちを対象にしたクライミング教室が行われる。すでに多くの子どもたちの申し込みがある。スポーツクライミングとはどんなものか、子どもたちにはぜひチャレンジしてほしい。
(次回へつづく)


■バックナンバー

■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員