− 第599回 −  筆者 中村 達


『あいさつ』

 山ではすれ違いざまに「こんにちは!」、と挨拶することが多い。黙って通り過ぎることは少ないように思う。しかし、街中で見ず知らずの人に「こんにちは」と声をかけると、変に思われるか、今どきのことだから、気持ち悪く感じられるかもしれない。
 山で挨拶するのは、簡単に言えば、空間と行為を共有している証だと思う。お互いを確認しあっているような気もする。もちろん、日常的な挨拶もある。また、ガンバってとか気をつけて!などという思いも込められているのではないか。

 これは海外でも同じだ。カラコルムのキャラバンで、現地の人たちやポーターに出会うと「アッサラーム・アレイコム」とお互いに声をかけあう。ネパールでは「ナマステ」。欧米では「ハロー」とか「ボンジュール」。ときには「キープ ゴーイング」なんて発することもある。彼らはたいてい笑顔を見せる。

 夏のある日、槍ヶ岳への道を登っていた。すると、上の方から元気な話し声が聞こえてきた。高校の学校登山の大集団で、槍ヶ岳から下山してきた。高校生たちは、さみだれ的に長い列をつくっていた。先頭と最後部では、1時間以上の差があったように思う。その彼らが「こんにちは」と、一人ずつ挨拶をしてくれた。初めのうちは各々に「こんにちは」と返していたが、ほぼ全員が挨拶してくれるので、さすがに息がキレてきた。途中からは申し訳ないと思いながら、目だけで返答することにした。
 ふだん時間のある時は、夕方から自宅近くを歩いている。少し負荷をかけるような歩き方なので、からだと気持ちがスキッとする。その時間は、ちょうど中学生が部活を終えて帰宅する頃だ。歩いていると、坂道を自転車を押しながら自宅へと帰る彼らによく出会う。すれ違うと、できる限り「お帰り!」と声をかけるようにしている。あやしいオヤジと思われているかもしれないが、ともかく声をかけている。すると、たいていの子どもたちは「こんにちは!」か、ペッコと頭を下げて、会釈を返してくれる。公園や道端で遊んでいる小学生も同様だ。子どもたちの元気な挨拶に接すると、なんだかホッとする。
「あいさつは、心と心の握手です」。かつて、小学校の校門近くに掲示してあった、小学生時代の息子の標語を思い出した。

(次回へつづく)


■バックナンバー

■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員