− 第596回 −  筆者 中村 達


『山歩きとストック』

 週に数回、夕刻に自宅近くを歩いている。いわゆるウォーキングだ。少し丘陵地になっているので、緩やかだがアップダウンがあってひと汗かく。
 最近、この散歩道でもストックをついて歩いている人を、見かけるようになった。それもダブルストックだ。ノルディックウォーキングなのか、支えとして使われているのかは、よくわからない。杖代わりに利用するのもいいと思う。軽いしその時の状況に合わせて、長さが調整できるので合理的だ。いずれにせよ、登山で使われているものが、下界へ降りてきたものの一つである。

 私が登山にダブルストックをはじめて使ったのは、25年ほど前のことだ。米国東海岸アパラチアン山脈のワシントン山へ登るときに、同行してくれた知人の山岳ガイドが、これを持って行けと指で指し示したのが登山用のストックだった。
 当時国内では登山やハイキングにストックをついて歩くというのは、まだ一般的ではなかったと思う。そのガイドは、単に支えるというだけでなく、特に下降の際は積極的に使えと言った。「両足とダブルストックで、まるで四つ足のように歩くのだ」と教えてくれた。登降の際の補助ギアとして積極的に使うのだ、と言って急な下り坂を走るように駆け下りて行った。まるでストックに身体を預けるかのような下降スタイルを見て、少し戸惑った。

 見様見まねでストックを前に出して、前傾気味に下ってみた。初めはオッカナビックリだったが、慣れてくると少しずつ快適に、早く、歩けるようになった。以来、山では積極的にダブルストックを使うようになった。ただ、この方法は、登山者が多いときや狭い道では、不慮の事故につながりかねないので、お薦めはできない。また、ある程度の筋力や体力も必要で、トレーニングが欠かせないように思う。私は最近ではほとんどやっていない。

 20年ほど前のこと、穂高連峰が見える山に友人と登ったことがある。彼はすでに国内でも普及していた、買ったばかりの登山用ストックを持参してきた。穂高連峰の絶景を堪能したのち、談笑しながら下った。しばらくして「アッ」という声とともに、友人が私の横を、後ろから追い越すように、空を切って飛んで行った。何が起こったのかわからないまま、登山道で倒れている友人の元に駆け寄った。友人はウゥーといううめき声のあと「ゴメン!大丈夫や!」と絞りだすように呟いた。運よく頭や顔面には傷はなく出血もなかった。ちょうど登ってきた登山者が「見ていましたが、岩に当たらなくてよかったです!」

 状況はこうだ。ストックを突きながらジグザグの登山道を下ったが、ある時、地面だと思って突いたところ、そこには何もなかった。あてにしていた地面からの抵抗がないので、そのままの勢いで、空を切ってジグザグの道を、数段も飛び落ちてしまったのだ。彼は帰宅後、病院で診察を受けたところ、肋骨が2本折れていた。その1週間後、彼からゴルフに行ってきたと電話があった。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員