− 第581回 −  筆者 中村 達


『インバウンド』

 晩秋の休日、久しぶりに京都駅に降り立った。改札を出ると、まるでラッシュ時のような混みようでビックリした。それも外国人観光客が大半で、多言語がコンコースに飛び交っていた。
 TVで京都の観光地は混み合っていて、市バスにもなかなか乗れない状態だと報じている。有名寺院は常に満杯で、レストランも食堂も、カフェにも長い行列ができているそうだ。

 嵯峨野、金閣寺、南禅寺、知恩院、清水寺などは彼らでいっぱいだ。京都で生まれ40年ほど住んでいた私にとって、かつて嵐山、嵯峨野あるいは近辺の有名社寺などは遊び場だった。父親に連れられて、何かしら四季折々に出かけた。夏場、渡月橋から上流は水遊びのポイントだった。一度は深みに足を取られ、もう少しで危ないという経験もした。
 当時、外国人観光客はごく少数で、春は桜の木の下でオヤジたちが酒宴を開き、秋の嵯峨野は、なんとなく寂れていた印象が残っている。それがいつごろからか、インバウンドで大混雑といわれる状態になった。

 が、外国人観光客、なかでも欧米の人たちはこの先さらに、観光地から自然が多い地域に足を延ばしているといわれる。私たちとは価値観が異なるのか、まったく違う指向が見られることがある。古道を歩いたり、過疎地の里山に出かけたりと、これまでの観光とは異なっている。また、国内で外国人が経営する旅行代理店が人気だと聞いた。Webサイトも外国人が制作するものと、日本人のそれとは視点が異なるように思う。このあたりが、インバウンドを考える上で重要だろう。
 先日、滋賀県にある古刹に出かけた。里山におよそ1400年前に建立されたというお寺があり、紅葉が美しいことで知られている。しかし、休日でも訪れる人は少なく静かだ。
 紅葉の下、六百段以上ある石段を登った。ふと、途中にある寺院の庭を見ると、外国人観光客とおぼしき二人連れの姿があった。ここまで、彼らが来ていることに驚いた。
 この日は快晴で、絶好の紅葉狩りの日よりだった。長い石段をひと汗かいて登りきると、稜線のハイキング道に出た。この道は西国三十三か所の有名寺院に続く道だ。が、二組の日本人ハイカーに出会っただけだった。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員