− 第567回 −  筆者 中村 達


『山の水』

 少し前のお話しだが、あるアウトドアショップが登山教室を行った。募集したところ、たちどころに定員の30名が集まった。私も誘われて参加した。
 中高年の愛好家だけでなく若い人達も参加して、賑やかな登山となった。

 ところで私の場合、山では水は現地調達が基本だ。山の水はおいしいし、湧水であれば、飲んでもたいていは大丈夫と思い込んでいる。谷川の水も上部の状況や汚れ具合などを判断して、問題ないと思えばそのまま飲んでいる。ただ、その水質に関する科学的な根拠はなく、勘だけが頼りなのでお勧めはできない。

 この日も登山口近くの湧水を、1リットルのボトルに注いだ。昼になって、谷筋の木陰の下で昼食を摂ることになった。すると、スタッフの一人がパックから2リットルのミネラルウォーターのペットボトルを2本取り出し、鍋でお湯を沸かし始めた。「いま、お湯を沸かしています。必要な人は使ってください」と、参加者に言った。山歩きではカップヌードルなどを持参する人が増えている

 スタッフにたずねた。「ミネラルウォーターを担いできたの?山の水があるのに!」と言うと、「山の水は危ないですよ」と返ってきた。
 理由を聞くと、最近はシカやイノシシなどの野生生物が増えて、水が汚染されている可能性があるので、山の水は使わないようにしている、ということだった。

 山では美味しい水が飲めると思っていた私の常識は、この日から少し変化したような気がする。それでも登山や渓流釣りに出かけても、美味しそうな湧水があると、躊躇いなく飲んでしまうのは習性なのかもしれない。ただ、少し慎重にはなった。
 かつてカラコルムに出かけ、山麓の街やキャラバンの道中でも生水をガブガブ飲んだ。荒涼とした谷筋の長いキャラバンなので、良質な水が必ずしも手に入るわけではない。水が理由かどうかは不明だが、慣れない頃はひどい下痢になって発熱し、寝込んだこともあった。ただ、最近ではネパールなどでも村々で売っている、ペットボトルのミネラルウォーターを買うようにしている。
 アウトドアではいかにいい水、安全な水を入手するかは、常に重要な課題だと思う。

※画像はイメージです

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員