− 第560回 −  筆者 中村 達


『道迷い』

 山を歩いていると、いくつもの枝道が走っているのがわかる。稜線に出て頂稜に沿って歩くと、たいていは山頂に着く。が、山麓や森の中、広い尾根道では幾つもいの枝道や分かれ道があって迷うことがある。最近では鹿やイノシシが増えて、彼らが通る獣道だってある。山ではこれらの道が複雑に入り組んでいることが多い。そのため標高が低く、見通しが悪い地点では、道迷いによる遭難が発生するようだ。

 古い話だが、高校の山岳部時代に、残雪の春山でガスに包まれリングワンデルングしてしまい、炭焼き小屋でビバークを余儀なくされたことがあった。これが私の最たる道迷いだろう。
 残雪の中を膝までもぐりながら迷いに迷った。雪に覆われた原生林の広い尾根筋は、同じような地形が続いていた。当時は5万分の1の地形図しかなく、小さな起伏は表示されなかったので、よけいに分からなくなった。雪の上には熊の足跡がたくさんあって、ビビリながら歩いた記憶がある。ただ、同行していた先輩が冷静だったので、パニックに陥らずにすんだ。

 この高校山岳部時代に、読図を徹底的に教えられた経験で、地形や地勢など地理的環境を理解して、山での自分の位置がわかりやすくなったように思う。近郊の里山に出かけても、その山域全体をイメージして、自分のおおよその位置を、常に把握する習慣が出来ているような気がする。これは私だけでなく、山屋なら同じではないかと思う。もちろんそれでも迷うときは迷う。

 山を歩いていると、ついつい足元ばかり見てしまいがちだ。周囲や見通しのいいところでは遠方も常に見て、現地点を把握しておくことが大切だ。現在ではGPSなどの電子機器も使えるようになったので、位置情報の入手は飛躍的に向上したと思う。
 ただ、子どもたちは大人が思いもつかない行動をすることがある。子どもたちのグループが、近道だと勘違いして立ち入り禁止のロープを越えてしまい、行方不明になったことがある。山岳救助隊、警察や消防団などのほか、多数のマスコミも押し寄せ大騒ぎになった。翌早朝、無事に救出されホッとした。

 子どもたちは山に入ると、常に興味津々だ。ふしぎ発見の世界が目の前に広がっている。ふしぎ発見の間に、つい獣道に迷い込んだり、枝道に入ってしまったりすることもある。私たちでも迷ってしまうのだから、ふしぎ発見の子どもたちだけだと、より迷いの危険が増すと思う。このことを私たち大人は、しっかり自覚しておくことが大切だろう。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員