- 第544回 -  筆者 中村 達


『北根室ランチウェイで』

 一年ぶりに北根室ランチウェイに出かけてきた。京都から羽田経由で根室中標津空港という経路だ。関西からだと乗り継ぎが大変だが、朝8時ごろ出ると午後2時前には中標津に着くので、信州あたりに出かけるのと時間的にはさほど変わらない。

 北根室ランチウェイは、牧場の中にトレイルが設定されている。中標津町の郊外からスタートして森や防風林を抜け、広大な牧場のトレイルを歩き、西別岳に登って摩周湖に至るおよそ80㎞のロングトレイルだ。空港から歩けるというのがキャッチコピーになっている。開通して5年が経過し、牧場を歩くロングトレイルとして、広く知られるようになってきた。
 私が訪ねた間に雪が降って、周囲の山々は薄らと冬化粧になった。ランチウェイの運営メンバーが、トレイルの草刈りに行くので付き合えという。主に冬季のルートとなるモアン山(365.7m)の草を刈って、冬に備えるのだそうだ。モアン山周辺は牧場で、雪のない時期は放牧地になっている。モアン山は標高こそ低いが、周辺に何もないのですこぶる見晴らしがいい。山頂からは地球が丸いと実感できる眺望が左右に広がる。ランチウェイが通る西別岳が悠然と聳え、その右奥には摩周岳が控えている。

 冬季は1m近い雪積があり、スノーシューやバックカントリースキーの格好のフィールドになる。そんなシーズンに備えての草刈りだ。草刈りといっても熊笹が密集して、ルート上は刈っておかないと足をとられるだろう。
 ランチウェイの運営メンバーが数名集まって作業が始まった。彼らは4輪の草刈り機に乗って熊笹を刈りだした。30度近い急斜面でも草刈り車(?)は登っていくので作業は早い。その様子は、まるでゴーカードに乗った子どもたちが、はしゃいでいるようにも見えた。

 一見楽しそうに見える作業だが、ランチウェイは実質的には数名でトレイルの整備を行っているといって過言ではない。酪農家としての本来の仕事の合間を縫って、草刈りや道標の整備、トレイルに必要な施設の準備、多種多様な交渉や折衝など、ランチウェイが知られるにつれ増え続ける作業をこなしている。また、台風が通過した後は、倒木の除去や流された橋のかけ直しなども行わなければならない。もとめに応じて、ガイドもこなすことも多いのだ。  そんな中で、もっとも頭を悩ましているのが、ハイカーのマナー問題だそうだ。大半のハイカーは問題がないのだが、稀に入ってはいけない牧場や施設に立ち入ったり、ゴミを捨てるハイカーもいるらしい。大きな声や集団の移動に、牛が驚くこともある。牛は神経質な動物で、ちょっとしたことで乳の出が悪くなると聞いた。牧場を歩くにはハイカーのマナー遵守の徹底が必要だ。
 また、酪農家にとって死活問題になりかねない口蹄疫の予防対策という課題がある。ルート上には靴底を消毒するための石灰が要所に配置されている。小さな小屋が設置され、石灰の入ったトレーを引き出して、足を踏み入れるようになっている。石灰の補充も頻繁に行わなければならない日常的な作業だ。この小屋も運営メンバーらの手作りで、もちろん、すべてボランティアだ。

 もし牧場内で何らかのトラブルが発生したら、即、通行禁止になりかねないのだ。ランチウェイの関係者は、持続可能なロングトレイルとするために、牧場の通行の承諾をもらっている酪農家に迷惑をかけないよう、粉骨砕身の努力をしていると言っていいだろう。
 いま注目を集めている牧場の一本道だけに、このような背景を理解しておくことも重要だ。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員