- 第520回 -  筆者 中村 達


『卒業式で思い出すこと』

 先日、アウトドア専門学校の卒業式に参列してきた。毎年のことだが、今年で11回目を迎えたことになる。この専門学校には、漠然として入ってきた者は少ないように思う。進路をみれば就職先に専門職が目立ち、目的をもって卒業していく学生が多い。自分のやりたいこと、したいことがあって専門学校に入ってきたのだ。特に国内には数少ないアウトドア専門学校だけあって、より進路は明快なのだろう。

 出席するたびに卒業生の顔を見ながら、当時の私を思い浮かべる。果たして目の前に座っている彼らのように、自分の進路に明確なものを持っていたのかどうか自信がない。あの頃、頭の中は山、登山のことしかなかったように記憶している。愛読書は北杜夫の『白きたおやかな峰』を筆頭に、登山か探検・冒険の本ばかりだった。学生時代はアルバイトで稼いだお金は、すべて登山装備や山行の費用に消えた。それでも足りなくて、親のすねをかじった。
 運よく大学2年生のときにカラコルムに出かけることができたが、これは親の丸かかえだった。「結婚式の費用はいらないから・・・」などと、訳の分からない理屈を言って出してもらった。

 就職しても山が生活の多くを占めていて、上司から「君は山に行かんと、ええ仕事がでけへんにゃ!」と、諦めとも、皮肉とも、理解があるとも分からないことを言われた。おそらく不良社員だったと思うが、高度経済成長期でもあって、おおらかな時代だったのかも知れない。  ただ、仕事はそれなりに頑張ったので、就職してからもカラコルム登山に2度行くことが出来た。ヒマラヤ遠征ともなれば、3、4か月は休職しなければならないのだが、よくぞ休ませてくれたと思う。
 そんな状態だったので、こんな仕事がしたいとか、こんな風に生きてみたいなど、人生設計をまじめに考え始めたのは、30歳を過ぎてからだったように思う。同級生や友人たちとは随分ズレてしまった感があった。
 卒業式で進路が明確で、自分のしたいこと、やりたいことがはっきりしている彼らを見て、少し羨ましい気分になった。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員