- 第492回 -  筆者 中村 達


『遊びの風景、仕事の風景』

 個人的なお話だが、仕事柄出張が多い。東京や信州方面は月に数度は出かけている。北海道や新潟方面にも、年に何度か訪ねている。あっちこっち行けていいですね、と言われるが旅の気分は少ない。もちろん、それぞれ地方には特色や自然などの違いがあって、興味深いことも多いが、旅を心から楽しむという心境にはなれない。
 仕事で行くのと、遊びで向かうのでは、見える風景が違うのだろう。ワクワク感が異なるといった方が分かりやすいかもしれない。出張の場合には、一応、当地での仕事の段取りを考えたり、原稿に目を通したり、話す内容を整理したりと、それなりに頭の中は仕事モードになっている。
 遊びや旅行として行くと、仕事を忘れて日常から完全に開放されるので、ぼーっとした気分のままでよく心からリラックスできる。もっともその時は、携帯を切っておく必要がある。
 山でも同じだ。10年ほど前だが、ネパールトレッキングに同行して、エベレスト街道を歩いた。ネパールは初めてだったので、ワクワクはしたものの、撮影という作業も入っていたので、気楽なトレッキングツアーではなかった。素晴らしい風景の中にいたのだが、リラックスして、心の底からエベレスト街道をたのしむという感じではなかった。

 個人的に遊びで山に登るときは、格好をつける必要はないし、花の名前も知らなくて済む。が、仕事となるとそうはいかないことが多く、少しは緊張しているのだろう。だからリラックスできないわけだ。
 国内であれ外国であれ、個人的に遊びや登山などで出かけたときは、まるで映画のように連続した記憶となって頭の中に残っている。しかし、仕事で出かけた場合は、旅の記憶は断片的でしかないことも多い。
 自然を、風景を、人との出会いを心から楽しみ、記憶に、思い出に残すには、仕事のついででは私は難しい。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター副センター長、特定非営利活動法人日本ロングトレイル協会代表理事、全国「山の日」運営委員、公益財団法人日本山岳ガイド協会特別委員、国際自然環境アウトドア専門学校顧問など。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員