- 第459回 -  筆者 中村 達


『同窓会と山登り』

 10年ぶりに高校の同窓会に出席した。100数十名が参加した盛況な同窓会だった。高校を卒業して50近く経ったわけだから、だれもが間違いなく年をとってきた。顔を見ても誰だかわからなくなっていて、胸に付けた名札を見て、ようやく気が付くか、なんとなく思い出すという雰囲気だった。それでも同窓会に出席できるというのは、元気だからだろう。それはそれで幸せなことでもある。
 「おぅ、あの頃山へよくいったなぁ」と同じクラスだったMが声をかけてきた。
永年勤務していたニューヨークから帰国したばかりのIが「まだ、山、登ってるのけぇ」と、京都弁丸だしだ。
京都の陸上短距離界で有名だったKは、「北山の山小屋で、何日も過ごしたなぁ!」。何日も過ごしたのではなく、たった3日だったと思うのだが・・・。
 ラグビー部だったYが「またみんなで、山、行こかぁ!」と、酔いに任せて言った。
 フランスから一時帰国のWが「あの頃は面白かった」と呟いた。Wとは2人で雪山を歩いた記憶がある。

 考えてみると、ダークダックスが「山の唄」を歌っていた時代だ。あの頃、なぜかクラスで山に登る機会が多かった。遠足で京都北山を延々と歩いたこともあった。女子から文句を言われた。
 山岳部で登山バスを設えて、比良山に登った。雨に降られ、顧問の先生が大きな焚火をつくってくれ、輪になって濡れた衣服を乾かした。焚火をしても文句を言われなかった時代だったのだろう。
 クラスの仲間と厳冬の北山に登って、ラッセルを強いられた思いでもある。ピッケルを頼りに大原に下りた。
 パソコンもスマホもない時代で、テントの中での暇つぶしも、トランプか読書だったように思う。自然体験と声高に叫ぶ必要もなかった。
 レイチェル・カーソン研究家・上遠恵子さんの「私たちの時代は、遊びと言えば山でした」という言葉を思い出した。
 
(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
安藤百福センター副センター長、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構代表理事、NPO法人自然体験活動推進協議会理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。