- 第448回 -  筆者 中村 達


『バックカントリースキー』

 整備されたゲレンデから離れて、誰も滑っていない斜面にシュプールを描くのは実に楽しい。欧米ではバックカントリーに人気があるが、日本でも愛好者が増えている。スキー用具もバックカントリー用が、数多くラインナップされている。私もスキーブーツはバックカントリー用の兼用靴を、10年ほど前から愛用している。数年前にはフランスで、当時日本には未輸入のブーツを手に入れた。フィット感を確かめていると店員が「指でピアノが弾けるか」と、オシャレに聞いてきた。

 外国からのスキーヤーも増え、オフピステで滑る人たちが多くなった。そして遭難事故が多発している。深雪で転倒すると起き上がるのに一苦労する。ビンディングでもはずれようものなら、スキー板を探し出すのに時間がかかることもある。
 日本は降雪量も多く、斜面も急峻で雪崩が発生しやすい地形だ。だから、オフピステで滑るならビーコンは必携だろう。もちろん、万が一の事態に備えて、ビバークや非常食など冬山登山の準備がいる。それに何より、スキーやスノボの技術を磨いておく必要がある。
 万が一の事態になれば救助隊が出動するが、彼らも命の危険にさらされる。救助隊も安全でないことを知っておくべきだろう。二重遭難の可能性が高いのだ。吹雪の中、ラッセルをして救助に向かう人たちには頭が下がる。
 昔のことだが、岐阜県北部のスキー場で、もう少しで谷に滑落しそうになった経験がある。その年は豪雪でかなりの積雪があった。スキー場といっても標高の高いところにあり、山岳スキーエリアといってもよかった。残念ながらいまは営業していない。
 その日は吹雪だったが、調子に乗って尾根の頂稜部を滑った。進入禁止用に張ってあったロープの上だったが、新雪がかぶっていて見えなかった。しかし、ナイフリッジ状の斜面だから回転も容易だった。しばらくは新雪を快調に滑っていたのだが、尾根が左にカーブしているところで曲がり切れず、空中に飛び出した。そして、そのまま谷に滑落し始めた。身体が回転して頭が下になって谷底が見えた。新雪で覆われた沢筋を、雪崩を誘発しながら滑落していくのかと思った。その時、ふいに身体に衝撃を受けた。

 気がつくとスキーが、木の枝に引っ掛かって滑落が止まった。頭が下で身体は中空にあって、全身が振り子のように揺れた。事態を飲み込み冷静になるのに、時間が必要だった。身体を持ち上げようとしたが、両足と腹筋が突っ張って、何度も宙ぶらりんになった。起き上がるのにかなり苦労したことを、鮮明に覚えている。
 10mほど上から心配そうにのぞき込む仲間の顔が見えた。しかし、ザイルもなく自力で這い上がるしかなかった。ほうほうの体で尾根に出たときには、全身から汗が噴き出していた。振り返ってその谷をのぞき込むと、少なくとも300mは急斜面が続いていた。
 もしあのまま落ちていれば、雪崩を誘発して救助隊の出動という事態になったかもしれない。
※画像はイメージです。本文とは関係がありません。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
安藤百福センター副センター長、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構代表理事、NPO法人自然体験活動推進協議会理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。