- 第432回 -  筆者 中村 達


『夏山のこと』

 梅雨が明ければ、夏山登山シーズンの始まりだ。7月の下旬からお盆の頃までが、太平洋高気圧の勢力が強いので天候が安定していると、中学生のときにワンゲルの顧問が教えてくれた。が、いまは異常気象とかで、その説も少し揺らいできたような気がする。
 ともあれ、夏山のシーズンが始まる。登山ブームだそうで、有名山岳はたくさんの登山客が押し寄せることだろう。

 私も少しはソワソワする。この時期になると、毎年のように学生時代を思いだす。山岳部の合宿を前に、装備を揃えた。揃えたといってもお金がなかったので、個人装備は先輩のお古をまわしてもらうなど苦心した。
 また、共同装備というのがあって、テントやツエルトなどの幕営用具、それにコンロ、鍋など炊事用具は、クラブの備品を使った。ザイルなどの登攀用具もクラブのものを利用した。食器類は食べ盛りの頃なので、大きさが異なると不公平になり、統一しておくことが重要だった。

 学校を卒業して京都の社会人山岳会に入った。その頃は、社会人山岳会が全盛期で、京都の山岳連盟に登録されているだけでも、100近くのクラブがあったと思う。
 当時、そのクラブは岩登りが得意で、京都のクライマーが集まっていた。お盆の休みを利用して、北アルプスの剣岳で夏山合宿があった。

 雪上訓練が終わって、大きなテントでそろって夕食がはじまった。食事当番が「食器を出してください」と、声をあげた。クラブ員たちはそれぞれ自分の食器を、いっせいに差し出した。大きさと形状もバラバラで、ご飯を盛ってもかなりの不公平感があった。
 これを見て、強烈なカルチャーショックに見舞われた。高校、大学の山岳部の合宿では食器は部の共同装備品であり、大きさは同じで平等だった。だから不平は出なかった。
 唖然として食器を出すのが遅れ、副食のテンプラは、コロモしかまわってこなかった。

 下山後、反省会が開かれた。そこで食器の統一を提案したが、まったく聞き入れなかった。それで慣れているので「いまさらなんで?」という怪訝な顔をされた。もちろん、そんな山岳会ばかりではなかったと思う。是非はともかくとして、学生と社会人の文化の違いを垣間見た、夏山合宿だった。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
安藤百福センター副センター長、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構代表理事、NPO法人自然体験活動推進協議会理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。