- 第417回 -  筆者 中村 達


『三浦さんのエベレスト』

 トム・ソーヤースクール企画コンテストの表彰式で、記念講演をされた冒険家の三浦雄一郎さんとお会いした。前回お目にかかってから10年もたった。一回目のエベレスト登頂は、三浦さんが70歳のときだ。アウトドア専門学校の記念事業で、新潟市のホールで私と対談をさせていただいた。会場の近くまで迎えに行くと、登山靴を履いてリストウェイトを着けた三浦さんが、陸橋の階段を軽快に降りてこられた。
 今回は会場の入り口でお目にかかった。10年も間があったので、あらためて自己紹介をすると、思い出していただいたようで強いグリップの握手が返ってきた。

 三浦さんの三度目のエベレスト登頂については、テレビなどでも報じられているので、ここで解説するまでもないが、80歳という高齢で世界の最高峰を登るというのは想像の域を超えている。サウスコルの高所キャンプでお茶をたてたり、老舗の羊羹を食べたり、その余裕と遊び心がうらやましいとともに、凄いことだといまさらながらに感心した。

 高所登山用の装備やウェア、それに食料などは飛躍的に向上し、また、高所医学もいちじるしい進歩はしているものの、人間の生理的な機能が高所に対応するように進化したわけではない。やはりトレーニングと肉体の鍛錬が必要だし、それにもまして、登るという強い、強い意志が要求される。ベースキャンプでも酸素は平地の半分ほどしかない。この標高でもたいがいの登山家は高山病にかかり、人によっては猛烈な頭痛に見舞われる。酸素が少ない状態というのは、体験してみないとわからないと思う。この辛さから逃れるにはどうしたらいいのかばかりを考え込んでしまう。

 20歳の時、カラコルムのスワット山塊で、はじめて高所の影響による頭痛と倦怠感に襲われたことがあった。どうしようもない頭痛で、いまもそのときのことは鮮明に憶えている。エベレストよりはるかに低いところでもそうだから、8848mのエベレストでは比べようもない高度の影響が出てくる。まして、80歳という高齢ではその労苦は想像を絶する。

 講演を聞いて、諦めかけていたヒマラヤ登山にリアリティが出てきた。トレーニングをすれば6000mは行けるのではないか、と思いはじめた。講演が始まる前、三浦さんに「いまもリストウェイトをつけているのですか」とお聞きすると、ズボンの裾を少しまくり上げて「これとは生涯付き合うことになると思いますよ」と、にこやかに返ってきた。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
安藤百福センター副センター長、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構代表理事、NPO法人自然体験活動推進協議会理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。