- 第379回 -  筆者 中村 達


『正月早々甘えちゃいかん!』

 風雪の大みそか、信濃大町駅で年を越した。もう40年近い昔のことだ。お正月に北アルプの鹿島槍が岳と爺が岳を登りに出かけた。
 一足先に出かけた私は志賀高原でスキーをして、京都から来る本隊とこの駅で落ち合うことになっていた。夜遅くなって車で、大町駅に到着した。終電はすでに発って、寒々とした待合室は私たち6名だけだった。
 待合室の床に新聞紙を敷いて、エアーマットを膨らました。雪まじりの冷たい風が吹き込んできた。リュックサックを枕にして、早々と荷袋にもぐりこんだ。

 そのとき、古ぼけたコートを着た、見るからにそれとわかる中年の男性が待合室に入ってきた。その中年男は私たちを凝視して、手で煙草がほしいというしぐさをした。これは相手にしてはいけないと思い、寝袋をすっぽり頭からかぶった。
 一人だけ出遅れた仲間がいた。パッキンが出来ずに、なにやらリュックサックの中をごそごそと探し物をしている。その様子を見ていたのか、その中年男が彼に声をかけた。

 「兄さん!」「兄さん!」と繰り返して呼びかけ、手で煙草を吸う格好をした。はじめは無視していたが、あまりにしつこいので、ついにたまりかねて「正月早々、甘えちゃいかん!」と大きな声で一喝した。
 まさか説教されるとは思ってもみなかったその中年男は、どこかへ消えて行った。
 その台詞に、私は笑いをこらえきれず、寝袋の中で噴き出した。仲間もいっせいに笑い出した。
 そんなこともあったなぁと、新年早々に思い出した。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
安藤百福センター副センター長、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構代表理事、NPO法人自然体験活動推進協議会理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。