- 第336回 -  筆者 中村 達


『右を登りますか?左ですか?』

 長野県の北部にある雨飾山(1963.2m)に登ってきた。日本百名山に選定されていて人気が高い。独立峰の山頂からは日本海が見え、気候は長野県よりも新潟県側に近い。日本海側からいつも強い風が吹いて、山頂部がすきっと晴れることは少ないようだ。まさに雨に飾られているような気がする。
 雨飾山は10数年前にも登ったことがある。私自身は百名山を踏破することには全く興味はないので、気に入った山は機会があれば、何度でも登ることにしている。

 すごく人気のある山だけに、秋の連休、それも紅葉のシーズンともなると、登山口の駐車場は車で溢れ、林道に下がって停めるスペースを確保しなければならないほどだ。急で狭い登山道は、数珠なりの登山者でにぎわい、すれ違うのに長蛇の順番待ちがたびたび発生する。以前、このラッシュ並みの混み合いを経験しただけに、今回は、連休前の平日に登ることにした。麓の町での打ち合わせにかこつけて出かけてきた。
 この日、長野県側の天気予報は曇りのち晴れ。新潟県側の予報は、曇り時々雨。うまくいけば、頂上で晴れ間に出会うかもしれない。だから、あわてて登ることはない。が、7時30分に登山口に着くと、すでに駐車場は満杯状態だったが、何とか1台停めることができた。それでも休日に比べれば、登山者は少なく、山は静かだった。

 この時間で、すでに私たちは最後尾に属していたようだ。
 雨飾山ともなると、さすがに初心者風は少なく、山に馴れ親しんできた中高年登山者が多い。山ガールは賢明で、自分の身の丈、実力にあった山登りを選択しているようだ。ちょっとキツメの山や、難しい山岳ではさほど出会わない。

 数日前に雪が降った。急に冷え込んだので、紅葉はいまひとつだった。それでも、急な登山道のそこかしこに、ナナカマドの赤い実や、ウルシの色づいた葉が鮮やかだった。立ち込めるガスの中、時おりその切れ目から稜線が見えた。
 頂稜近くになると、早や下山者とすれ違うようになった。馴れた登山者が多いので、狭い登り道は「登り優先」なんていう基本のマナーは、しっかり守られている。

 やがて、ロープが張ってある斜面に出た。登りは、足元を見て、時おり上目づかいにルートを選りながら登るのが、私の基本だ。だれでも同じようなものだと思うのだが・・・。
 上から女性の呼びかける声が聞こえた。「右に行きますか?左ですか?」・・・。一瞬何のことだか良くわからなかった。上から見て右なのか、私から見て左なのか。見方によって正反対になる。きっとその女性は、気をつかって声をかけてくれたのだろう。が、これでは何のことかわからない。仕方がないので、「そんなこと、考えてない。石さえ落としてくれなければ、どっちを下りてもらってもいいよ!」とこたえた。
  山頂には11時30分に着いた。しばらくすると、天気予報どおり雲が切れ、薄日が差してきた。急に気温が下がって、ダウンジャケットを取り出した。この時期、体が寒さに馴れていないので、体感温度はかなり下がってしまう。

 翌日、栂池自然園へ紅葉を見に出かけた。うって変わっていい天気だった。連休の初日とあって、大勢の観光客が訪れていた。木道は離合が困難なほど、アウトドアファッション風の観光客で溢れかえっていた。狭い木道にカメラの三脚を立てるアマチュアカメラマン、座り込んでお弁当を広げるグループ。「登り優先」などというマナーは、ほとんど通じない白馬山麓の秋の風景だった。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
安藤百福センター副センター長、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構代表理事、NPO法人自然体験活動推進協議会理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。