- 第312回 -  筆者 中村 達


『アウトドアと携帯電話』

 私がはじめて携帯電話を持ったのは、もう20年近くも前のことだ。まだ、さほど普及はしていなくて、レンタル料は初期費用で10万円ほどした記憶がある。通話料もかなり高かった。仕事柄、必要となって仕方なく手に入れた。その後、急速に普及して、いまや誰もが携帯電話を持っている時代になった。

10年数年前のこと、北アルプスのある山小屋に電話があった。「私いま遭難しています!」。朝、その山小屋を出発した登山者は、しばらくして縦走路で足を踏み外して滑落した。幸い命には別状はなかったが、足を捻挫したらしく動けない。昼食の弁当の包み紙に山小屋の電話番号が印刷されていて、それを見て現場から電話したということだった。そのあと、すぐに救助され事なきを得た。その頃は、この種のエピソードは珍しくて、話題になった。

 いまや、山岳遭難では携帯電話で救助を求めることは、ごく常識的な行動になった。携帯電話で遭難位置がわかって、いち早く助けられたという例は枚挙にいとまがない。安易な使い方もあって問題もあるが、ともかく携帯電話を持っているかいないかで、生死が分かれる時代になった。
 5年ほど前のこと、白馬岳の稜線上で事故があった。ツアー登山の参加者が、トレイルを踏み外して200mほど崖を滑落した。ザイルがなければ下降できない急な斜面だった。現場にたまたま居合わせ、双眼鏡で確認してみると、重症のようだが命は助かったように見えた。その地点が、たまたま携帯電話が通話できるエリアだった。引率責任者が携帯で救助を求めた。そして20分ほどで県警のヘリが救助に現れた。

 最新の携帯は、GPS、高度計が付いていて、防水なんていうのがある。もちろん高画素のデジカメは常識的な付属機能である。高度計も地図もカメラも不要に思えるほどだ。つい最近まで、山へは高度計を持参していたが、腕時計に内臓されているので、ほとんど使うことがなくなった。その機能が携帯にまで内蔵されているとすれば、大きくなりがちな多機能腕時計をはめていく必要はないのかもしれない。

 そして、いま悩ましいのはスマートフォンである。どの機種にするか、迷いに迷っている。ネットの書き込みを読んでみたり、知人に片っぱしから聞いてみたりとか、あれこれ悩み続けている。結局、アウトドアで使うとなれば、機能が優れていて防水性能があって、電波状況がよくて、などというのが条件になる。それに、バッテリーのもちも重要な要素だ。
 バッテリーが切れれば、ただのプラスチックの塊である。しかし、デジカメのバッテリーの充電器。さらに、スマートフォンはバッテリーを食うので、予備と充電器を持っていかねばならない。

 果たして、そんな高機能な携帯をアウトドアへ持っていく意味があるのか、ないのか。これもライフスタイルを考えると悩ましい。かつて、米国のアウトドア誌編集長の女史が「アウトドアでコンピューターなんてナンセンス!」と言い放った姿を思い出した。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構副代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。