- 第294回 -  筆者 中村 達


『暴風雨の中の北アルプス』

 北アルプスの北方稜線を、いつもながらの山仲間と歩いてきた。登りはじめから激しい雨に見舞われた。好天が続くものと思い込んで山に入ったので、イメージとして気圧配置が頭の中で描けなかった。こうなると悪天の理由がなかなか理解できない。途中、中高年登山グループのオバサンに、すれ違いざま、「稜線は風が強いので、注意してください!日本海に前線があるから!」と言われて、ようやく納得できた。
 白馬鑓温泉から稜線に出ると、雨まじりの猛烈な風にあおられた。白馬岳から雪倉岳を越える間も、強風と横殴りの雨がやむことはなかった。

 久しぶりに雨と風の中を歩いた。濃いガスで景色は全く見えないが、それも登山である。いまは、高機能の防水透湿性のレインウェアがあるので、かなり快適である。また、透湿性のアンダーウェアは、汗をかいてもサラサラで、濡れた感覚はほとんどない。登山靴の防水性能も飛躍的に向上し、インナーは全く濡れていなかった。
 ただ、横殴りの雨が、リュックカバーとリュックの隙間から入り、中にまで浸透していた。

 食事はまとまって食べられる状態でないので、休憩のたびに立ったままで、少しずつ胃袋に流し込むしかなかった。これも高機能食品で、ともかく簡単にカロリーだけは摂取できる。アミノ酸も適当に飲んでおけば、元気が持続するのが不思議だ。登山は現代科学の進歩に、随分助けられていることがよくわかる。

 3日目、白馬岳を通過し烈風と雨の中、避難小屋に入った。気温も下がってきた。小屋でレインウェアを脱いでフリースを着た。キャンディーをみんなに配り、ホッと一息。
 そのとき、リーダー格のJが、メンバーの一人が着替え中に、綿のシャツを着ているのを見つけ、「ポリエステルのものに着替えなさい!低体温症で死んでしまいますよ!」と、珍しく声を荒げた。彼の着替えの中に、一枚だけ透湿性素材のシャツがあったので、それに着替えてもらい、ようやく落ち着いた。その様子を見て、メンバーのほとんどが凍りついた。
 メンバーの多くが某有名大学山岳部OBや、登山エキスパートという中で、彼は60歳を過ぎた頃から山登りをはじめた。だから、さほどキャリアがあるわけではない。これまでの私たちの山行では、好天ばかりだったので、綿のシャツで十分だと思っていたそうだ。

 私たちも迂闊だった。例え夏山であっても、アンダーウェアは保温力に勝る透湿性素材、という常識がまだまだ常識でないことを知るべきであった。低体温症に対する予防策が重要だということを思い知らされた。大いに反省の夏山であった。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構副代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。