- 第282回 -  筆者 中村 達


『田圃のなかで、ゲーム機で遊ぶ』

 私の住まいのある滋賀県では、サクラの満開を随所に見ることができる。土手や畦道、公園、学校や工場の敷地にも数多くのサクラが咲いて、春はとても美しい。
 気分転換に少し車走らせて、サクラを観に琵琶湖岸に向かった。しばらく行くと、道路の左右は田畑が広がり、畦道の桜並木が春の風景を作り出していた。
 赤信号で止まり、なに気なく田圃を見ると、5、6人の子どもたちが、土手を背にしてかがみこんでいた。気になったので注視すると、彼らはゲーム機で遊んでいたのだ。

 学校が始まったばかりで、午後は授業がないのだろう。こんなところで寄り集まってゲームに夢中なのだ。目の前には大地が広がっているというのに。小川にはドジョウやフナなどの小魚がいくらでいるのに。菜の花には蝶が群れているというのに、である。

 一昔前ならこの季節、子どもたちは、川遊びや虫取りなどで野山を駆け回っていた。ところが、いま、遊び場がいっぱいあるこの地でも、子どもたちは自然中で遊ぼうとせず、手のひらにのるコンピュータゲームに熱中しているのだ。
親も学校も、勉強をしなさいと口やかましいが、自然の中で遊びなさいとはけっして言わないのだろう。川や湖は危険なので、ゲームをしているほうが、安心なのだ。

 これでは、自然の中に無数にある不思議発見の世界と、感動に出会うことはない。若者たちは自然に足を向けず、山離れも加速している。若者たちは海外にもさほど出かけたくはないらしい。私が学生の頃は、小田実の『何でも見てやろう』や、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』などを読んで、海外に夢を馳せた。
山もスキー場もシルバー世代が占拠して「いま青春」を謳歌していている。子どもたち、若者たちと自然との距離は、ますます遠のいた感がある。

 身近な里山にも、不思議の世界はいっぱいあるし、自然のすばらしさを十分に感じることが出来る。出会う不思議と感動が、チャレンジ精神につながっていく可能性が高い。そんな学習は、ゲーム機では決して得ることが出来ないはずである。都会でも田舎でも、子どもたちの姿を見かけることが減った。おそらく、家に閉じこもってゲームで遊んでいるのだろう。
 未来はヤバイと、田圃でゲームに熱中する子どもたちを見て、ますますそう思った。なんだかこの国が壊れていくような気になった。

(次回へつづく)


■バックナンバー

■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト/プロデューサー
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、NPO法人アウトドアライフデザイン開発機構副代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。