- 第269回 -  筆者 中村 達


『再び高島トレイルのこと』

 猟師の話を聞いた翌日、曇天で今にも降ってきそうなお天気だったが、今年最後の紅葉を見ながら、中央分水嶺高島トレイルのハイライト部分を歩いた。
中央分水嶺とは、日本列島の太平洋か、日本海かのどちらかの水系を分ける境界のことだ。わかりやすく言えば、日本列島の背骨のようなもの、と考えればいい。
はっきりとはわかってはいないが、最も低いところが北海道の新千歳空港あたりで標高は20m、最も高いところが乗鞍岳の3,026mとされている。

 この高島トレイルは、滋賀と福井県境の約80kmの中央分水嶺に整備されたもので、最高峰は三重嶽の823.8m。平均標高は700m程度だろうか。今回歩いたのは、マキノを基点に赤坂山から寒風まで、6時間ほどの短いコースだったが、右に日本海、左に琵琶湖が見える、トレイルでも最も人気のあるところだった。
 天気予報が雨だったので、いつもなら大勢の登山客でにぎわう赤坂山の山頂も、この日は静かだった。日本海からこの赤坂山付近をいつも強い風が通るため、木々は低く、稜線は草原状になっていて、とても低山とは思えない光景をつくりだしている。
幸運にも雨は降らず、曇り空ながら時折初冬の日が射し、琵琶湖も日本海も見ることが出来た。

 さて、トレイルという言葉だが、辞書では「森林・原野・山地などの踏み分け道。山の小道」などとされているが、まだまだなじみが薄いように思う。まして、高島トレイルのように固有名詞として使われだしたのは、つい最近のことだ。
 他に、先発の信越トレイル(85km)、後発の八ヶ岳山麓スーパートレイル(200km)などが知られているが、一般に定着していくには時間がかかりそうだ。また、どのトレイルもそうだが、トレイルを整備し維持するには相当なエネルギーと、それを支える情熱が必要だ。
 高島トレイルの場合も、運営協議会を発足させ、各地域からの協力を得るよう努力している。そして、単にトレイルを整備するだけでなく、結果もすぐに求められることになる。地域の理解を得るには、理念だけではなく結果が大切だ。

 自然環境の保全はもちろんだが、地域にどのようにトレイルが貢献するかも、重要なミッションだ。誤解をおそれずに簡潔にいえば、地域貢献、もっとわかりやすくいえば観光活性化、さらにいえば、どれだけお金を落とせる装置になるか、ということが問われる。

 トレイルがビジネスモデルとして成立するか、という実験がはじまったばかり、といっていいだろう。全国で地域の活性化が盛んにおこなわれてはいるが、結果をだすのはなかなか難しい。こと観光による活性化は、自然と共生しながら人々の健康に貢献し、地域も潤うというハードルの高いミッションであり、終わりのない永遠の作業なのかもしれない。

 そんな中で、高島トレイルは完成して以来、全国から注目が集まっている。特に京阪神や名古屋圏から近いこともあって、ツアー登山がかなり増えている。観光バスが何台も駐車場に並ぶ光景も、珍しくなくなった。また、小中学生の体験学習の場としても利用されはじめ、おおぜいの子どもたちが、トレイルを歩いている。琵琶湖と日本海が見え、風が抜ける風景と地勢は、身体がしっかり記憶してくれる、自然体験学習のフィールドである。
 もちろん、オーバーユースやトイレの設置、キャンプ場の整備など課題が山積みだが、この種のトレイルのコンセプトが広がってくれれば、いまどきの若者たちも足を向けてくれるかもしれない。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。