- 第266回 -  筆者 中村 達


『イノシシに出くわす』

 最寄りの駅から自宅までおよそ10km。信号がほとんどないので、車なら15分もあれば帰り着く。途中、広い公園の真ん中の県道をしばらく走る。この時季は紅葉がきれいだ。振り返れば琵琶湖が見える。
 夜の8時ごろだったと思う。曲がりくねったこの道を走っていると、いきなり黒いものが道路に飛び出した。思わず急ブレーキを踏んだ。ヘッドライトに黒い影が照らされると、大きなイノシシが現れた。もう少しでぶつかるところだった。冷や汗が出た。イノシシは咄嗟に歩道に引き返した。
この公園一帯には50~60頭のイノシシが生息しているらしい。芝生は至るところが掘り返され、見るも無残だ。公園を歩くときには、とりあえずトレッキングポールを持っていくことにしている。役に立つかどうかは別にして・・・。

 また、最近は自宅周辺に猿が出没し、猿に噛まれたという被害も多発している。噛まれているのは、子どもと女性ばかりだという。 ある日、隣家のトユ(雨樋)が二階の屋根から外れて中空に浮いていた。聞いてみると、猿がトユを伝って登っている途中に接合部が剥がれたのだという。二階のベランダあたりで、うろついていたらしい。
 こんな風に書くと、ものすごい田舎に住んでいるようだが、けっしてそうではない。もちろん田園風景が広がっているし緑も多い。しかし、京都までは車で40~50分圏内。JRだと25分ほどの距離だ。
一方、友人が住職をしている京都東山にある南禅寺の塔頭にもイノシシが出没し、庭を掘り返すので困っていると聞いた。すでに都市部でも野生生物の出没が日常的なことになっている。

 京都の北部に広がる「北山」では鹿が増えるにつれ、ヤマヒルが異常繁殖している。ヒルは鹿に寄生しているので、鹿の増加に比例してヒルも増えるといわれている。だから北山を歩いても、うかうか腰を下ろすことができなくなった。

 イノシシや鹿の異常繁殖の理由はいろいろと語られているが、根本的な解決策は見出されていない。駆除も猟師の高齢化が進み、被害を抑えるまでには至っていない。 一昔前なら、山でイノシシや鹿に出会くわすと話のネタになったが、いまや珍しくも何でもなくなった。アウトドアでは、ヤマヒル防止スプレー、熊除け鈴などを用意しないと安心して歩けない時代になった。この先、日本の里山は野生動物の天国になってしまうのだろうか。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。