- 第258回 -  筆者 中村 達


『トレッキングポール』

 ようやくお盆を過ぎた頃から天候が安定してきた。夏山シーズンの終盤になって登山に出かける人も増えてきたようだ。
 ところで、以前から不思議に思っていたことがある。それはトレッキングポールだ。いわゆる登山用の杖のことだ。スキーのストックのようなもので、伸縮が自在で、中にはショックアブソーバーがついていて、衝撃を緩和するように機能を向上させたものもある。

 私がトレッキングポールを初めて使ったのは、15年ほど前、米国東海岸のワシントン山に登ったときだ。同地にある登山学校校長のジョーが、ガイドを引き受けてくれた。その彼が、「トレッキングポールを知らないのか?これを使うとずいぶん楽になる」と、Wストック(左右2本で使用する)すすめてくれた。最初は、杖なんて、と少し馬鹿にしていたが、使ってみると確かに快適だった。特に下りでは威力を発揮した。足の負担がかなり軽減して、疲れが緩和したのには驚いた。

 帰国後すぐに買い求め、いまではどんな登山にでも、トレッキングやハイキングにでも使っている。ただ、Wストックの使用は、重い荷物を背負って長期間歩くときぐらいで、普通はシングルだ。特に私の場合は、カメラを首からぶら下げていて、左手はいつもカメラに添えているので、Wストックは使いづらいという事情もある。
 そんなことで、いろいろなメーカーのものを買っているうちに、10本以上も貯まってしまった。しかし、その中にはいま流行り?のT型のものはない。全てスキー用ストックのグリップと同じ形状のものばかりだ。欧米のアウトドアショップや登山の専門店では、このT型のものはほとんどない。メーカーのウェッブサイトでも皆無か、ワンモデルがせいぜいだ。

 私の個人的な意見だが、このT型は平地や起伏の少ない散策路を歩くときに、支えになったり、歩行を補助するには有効だと思う。つまりウォーキングには、杖として機能を発揮する。しかし、急峻な登山道、とくに下山には支えにはなっても、バランスを保持したり、足にかかる負担を軽減する効果は少ないように思う。プロの登山ガイドや登山家で、このT型ストックを使っているのを、少なくとも私はお目にかかったことがない。
 先日、BSで放映された、ヨーロッパアルプスのトレッキング映像でも、大勢のトレッカーたちがトレッキングポールを使っていたが、T型は皆無だった。

 しかし、国内ではどうやら売れ筋はT型のようだ。特に、郊外型の量販店などでは、T型が圧倒的に多い。スキーストック型は少数で、最近はこの傾向が一段と強くなった気がする。訪れるたびに、なぜT型なのかと、店員にたずねるのだが、満足な答えが返ってきたためしがない。要はT型がなぜか売れているので、ラインナップが増えているのだろう。もっとも、大半がアルバイト店員か、登山の経験に乏しいスタッフが多いようで、よく分からないというのが現実なのかもしれない。
 売れているからという、いわば市場原理でT型のストックが、どのショップにも売れ筋として置かれているように思う。山を良く知る専門店のスタッフは、「なぜか売れていますので・・・」と歯切れが悪い。
 かつて、登山が若者達の間でブームになっていた頃は、登山専門店の店主は、登山のエキスパートが多かった。大学山岳部のOBであるとか、街の山岳会の幹部であることがごく普通だった。そんなエキスパートが、お客の快適で安全な登山を指導するという機能を果たしていたようだ。市場や流行に流されることなく、経験に裏打ちされた、モノを見る目がアウトドアズにも必要だと思う。

(次回へつづく)


■バックナンバー

■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。