- 第233回 -  筆者 中村 達


『晩秋の山の風景』

 晩秋の鈴鹿山系を歩いてきた。中腹にあるブナの紅葉を楽しみにしていたのだが、すでに先日の強風で葉っぱはすべて飛ばされていて、森は素通しで空が透けて見えていた。少し残念だったが、落葉したブナの森もそれなりにいいものだ。

 自宅から、小一時間ほど車で走れば綿(わた)向山(むきやま)の登山口に着く。標高は1,110mあるが、登山道はよく整備されているので、比較的簡単に登れる。登山口からは2時間少々で頂上に立つことができ、眺望もすこぶるよく、それなりに達成感もある。だから、休日ともなると大勢の登山客で賑わう。
 この山には、年に数回は登りに来ている。ひと頃は、元気なオバサンが多かったように思うが、ここ最近は中高年の男性のグループが目に付くようになった。同じ職場なのか、ご近所同士なのか、あるいは同級生なのかは知る由もないが、オジサンパーティが増えてきたようだ。私もそうなのだが、この年代は自然体験が豊かだった。学生時代には学校の集団登山もあったし、林間学校なども経験している。キャラバンシューズは、多くの同級生が持っていた。なにしろコンピュータゲームもない時代だったので、遊びといえば山や森、あるいは原っぱや川だった。

 このオジサン達は、いわゆる団塊の世代で、07年問題は少し先送りされたようだが、いずれにせよ定年はやってくる。いま、金融危機の真只中で、果たして定年が延長されるのか、再就職を探すにしても先行きは不透明で不安感ばかりが増している。
 景気のいい時代には、ゴルフや旅行にも行けたが、いまの経済環境では財布の紐は締めざるをえない。そこで、昔取った杵柄ではないが、山を再び歩き出した。山は空気もいいし、気の合う仲間同士であれば、素になって楽しむことができる。そして、何より健康にいい。そんなところだろうか。家に居所がない、なんていう寂しい理由もあるかもしれない。

 お昼食はコンビニでオニギリか弁当でも買えば、奥さんの手を煩わすこともない。いまや、ホームセンターでも数千円ほどで手に入るガスコンロを持参すれば、お湯を沸かして、温かいカップヌードルや味噌汁も簡単に作ることができるのだ。

 そんな中高年男性諸氏が、なんだか増えてきたようだ。もちろん、近郊の山々では家族連れも多い。それに、若い人たちも少しは増えてきているようだ。
 今回は、山頂で男子大学生の3人連れに会った。ガスコンロを使い、飯盒でお湯を沸かしていたので、挨拶代わりに冗談も込めて「バランスが悪いね」と言うと、「そうでしょう、変でしょう」と隣の学生が、にこやかに応えてくれた。信州で手に入れたリンゴを差し出すと、お礼にと、その飯盒で沸かしたお湯でコーヒーを入れてくれた。美味しかった。

 山は人をポジティブにしてくれる。そして、世代や職業を超えてにこやかなコミュニケーションがとれる。そんな出会いがあったときは、より気持ちよく下山できるものだ。だから、若者達にももっともっと山に登ってほしいと思う。日本は山の国だから。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。