- 第222回 -  筆者 中村 達


『沢登りと走馬灯』

 夏は沢登りが涼しくて、そして面白い。昔は地下足袋にわらじを履いて、沢をつめ、シャワークライミングを楽しんだ。いまは、ウェーディングブーツや、沢登り専用のシューズが主流になり、地下足袋は少なくなったようだ。

 沢登りは登山の総合的な技術が要求されると思う。バランス感覚、登攀テクニックなどのほか、ルートファインディングも大変重要だ。渡渉地点の見極めや天候の急変など、万が一の事態を想定して、常にエスケープルートを頭に入れておく必要がある。それだけに、沢を登りつめて源頭部を抜け、稜線に達したときは達成感と喜びはひとしおだ。

 京都や滋賀では、比良山系の西面が格好の沢登りのルートになっている。ヘク谷、奥の深谷、口の深谷、貫井谷などは代表的な沢で、標高200mから一気に1,000mに突き上げるので、いずれの沢も急峻で滝が連続している。そこをまともに登るには、ザイルなどのクライミング用具が必要だ。
 はじめて、口の深谷をつめたのは、高校2年生のときだった。山岳部の例会でOBがリーダーになって登りに出かけた。林道から沢芯に降り、飛び石を伝いながら歩いた。最初の大滝は高巻きをしたように思う。まともに登るには高校生には手ごわかった。
 その後、連続する滝は可能な限り直登した。滝登りも慣れてくると、コツがつかめて楽しい。夢中になって登り続け、気がつけば奥の深谷の核心部に入っていた。水をまともに頭からかぶりながら、10mほどの滝を登り、さらに続く滑(なめ)滝(たき)をわらじの摩擦を利かせてじわじわとよじ登った。
 私の前は1年生の新人だった。目の前の枝を掴もうとしたとき、後輩の登るスピードが急に落ちて私の行く手を阻んだ。あてにしていた枝がつかめずバランスを失って、ズルズルと滑(なめ)滝(たき)を滑り始めた。10mほど滑り落ちたのだろう。その間、これで滝壷に落ちて死んでしまうのかと、恐怖が全身を走った。
 その僅かの間に、生まれてから今に至るまでの情景が、まるで記録映画のように脳裏に映し出された。小学生の時、中学生の頃の様子、高校の入学式などが鮮明に蘇った。のちにそれが走馬灯だと知った。
 そして、滝壷に落ち込んだ。このまま死ぬのかと思ったとき、目の前に先輩の手が差し出された。「お前こんなとこで、何してるんや!」。立ち上がると、水深は50cmほどだった。ただ、その釜からは滝となって垂直に落ちているので、下手をすれば怪我ですまなかったかも知れない。山岳部の仲間からは笑われたが怖かった。
 夏が来れば、この体験を思い出す。こんな自然体験も今となればいい想い出である。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。