- 第221回 -  筆者 中村 達


『荷物の大きさとシンプルライフ』

 この夏も北アルプスの稜線を歩こうと思っている。その日が近づくにつれ、準備のことがふと頭によぎることがある。どんな装備を持っていくか、食料はどうするかなど、いくつになっても、登山の準備はそれなりに楽しいものだ。最近では、デジカメをどうするかも悩ましい。フィルムカメラであれば、フィルムさえしっかり持ってばいいのだが、デジカメだと機材のほかに、バッテリーをどうするか、カードは何枚にするか・・・、デジ一にするか、コンデジですませるか、やはりフィルムの645版は欲しいなど、それなりに悩むことになる。

 何日の行程で出かけるか、山小屋か、テントかで装備は随分と違ってくる。装備の量が決まると、どんな大きさのパックを選択するかも迷いの種となる。通常、パックの容量はリッターで表記されている。ディパックは20L~30L程度。灯油のポリタンク以上だ。そう考えると、たくさん入ることに驚く。ディパックは名前の通り日帰り用。
夏山の山小屋の2~3泊なら、35L~40Lだろうか。それ以上の宿泊やテント泊になれば、もっと大きなサイズが必要となる。
 ただ、これには個人差が大きい。人によって装備、つまり荷物の考え方が大きく異なるので、一概にはあてはまらない。同じパーティでも極端に荷物が少ない人もいるし、何が入っているのか、とても大きなパックを担いでいる人もいる。
「必要最小限の装備」のとらえ方の個人差は、かなり大きいように思う。私などは、どちらかというと多いほうだ。もしも、万が一、ひょっとしたらなんて考えると、ヘッドランプのバッテリーでも予備を持っていくし、爪切りも入れておく。着替えも予備をなどと考えると、どうしても装備は膨らんでくる。ツエルトも必ず持っていく。
 一方、少ない人は、余計なものは一切持っていない。着替えも1枚だけ。予備の食料も一握りの非常食だけ。必要があれば山小屋で調達、と決め込んでいるようだ。実にシンプルである。

 よくよく考えてみると、これは山に限ったことではなく、ライフスタイルそのものだと思う。私の子どもでも、長男と長女はいつも荷物が多い。キャンプでもスキーでも、様々なものを複数のバッグに詰め込んで持って行った。ところが、次男は、いつでも「本当にこれだけ!」と尋ねるほど荷物が少ない。3泊のスキーでも、小さなスポーツバッグひとつだけだった。それでいて、忘れ物はないし、困ったこともなかったようだ。海外に出かけても同じだった。トランクには半分しか荷物が入ってなくて、帰路はその空きスペースが家族の土産物で埋められた。普段の生活でも、次男の持ち物は少ない。

 私の知人の一人もそんなタイプで、よく彼と海外に出かけたが、私はトランクなのに彼は小さなボストンバック1個だけ。いつもそうだった。余計なものはいっさい持っていなかった。
 荷物の少ない人を嫌味ではなく、本当に尊敬する時がある。慣れれば少ない荷物で、装備で、あとは現地調達か、無いは無いで辛抱する。この時代、シンプルライフがエコにつながるようにも思えてる。
 少し前のことだが、旅行社が主催する穂高岳の登山教室に、インストラクターとして参加したことがあった。参加者の荷物があまりにも多いので、点検することになった。すると、出てくるは出てくるは、まるで温泉旅行にでも出かけるような、様々な日常生活用品を持ってきていた。不要なものは登山口の山小屋に預けた。参加者のほぼ全員の荷物が半分になった。

 この北アルプスの山歩きではメンバーの一人に、やはりシンプルライフな人がいる。ディパックより少し大きなパックで、今年も5日間歩き通すことだろう。「おい、それ何入ってんだよう」と、私に軽口をたたきながら、ひょこひょことパーティの先頭を歩く姿は、とても70歳前とは思えない。さすが、大学山岳部で鍛えただけのことはある。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。