− 第217回 −  筆者 中村 達


『森のインタープリター』

 長野県の白馬村である会議があってでかけてきた。会議の翌日、参加者の有志で姉川源流の森を歩いた。姫川は小谷村あたりから暴れ川となって峡谷を下り、糸魚川で日本海に流れ込む。
 森の入口では、あらかじめ観光局にお願いしておいたインタープリター(白馬マイスター)のHさんが待っていてくれた。簡単な挨拶のあとHさんのガイドで、広葉樹の森に入っていった。振り返ると、大糸線を列車が走って行くのが見えた。かつて、スキーを練習するために真新しい板を担いでこの列車に乗った。高校を卒業した直後だった。飯森駅に到着する5分ほど前、雪に覆われたこのあたりの森を見て、転んで骨折でもしたらどうしよう、上手く滑れるか、などと不安にかられたことを思い出した。


 源流の森は新緑が美しく、ここを歩くだけで幸せを感じる。インタープリターのHさんの巧妙洒脱なお話で、森を歩くのが楽しい。自生のクレソンなどを見ると、妙に食欲がそそられてきた。バイガモも里山で見るのとは違い、透明感に溢れていた。
 わずか、一人当たり数千円、人数が多ければ千円程度でインタープリテーション(自然解説)が受けられる。聞けばHさんはいま75歳で、定年退職後この地に移り住み、森の中で悠々自適な生活を送っておられるらしい。時折、頼まれて白馬山麓の自然をガイドしているという。だからインタープリターといっても、それで生活の糧を得ているわけではなく、いってみればボランティアだ。

 しかし、こと日本人に限っていえば、まだまだインタープリターとか、ガイドに依頼する人は少ない。その存在を知らない人も多い、というのも理由のひとつだろうが、基本的にソフトウェアにはお金を惜しみがちだ。だからこの国では、まだまだインタープリターが育ちにくいという現実がある。職業として成立するには、もう少し時が必要だ。森の中で数時間、インタープリテーションを受けるだけで、乾いた脳でも少しは潤う。森の教養?が頭に浸みこむ。そしていつも新しい発見があって、自然のすばらしさに感動する。

 静かに森を歩いていると、突然、大きな声が聞こえてきた。団体さまだ。観光ツアーの途中で立ち寄ったようだ。森の中を響き渡る大声でなにやら解説しているのは、地元の女性インタープリターらしい。木々の間から彼らの姿が見えた。20人はいる。これだけの大人数であれば大声を出さないと、とてもみんなには届かない。その姿をみて、Hさんは苦笑しながら、「知り合いです」とつぶやいた。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。