- 第216回 -  筆者 中村 達


『携帯電話とアウトドア』

 携帯電話を子どもに持たせるかどうか、論議をよんでいる。便利なものであっても、使いようによっては諸刃の剣となる典型的な例だろう。子どもの携帯電話は、親の立場からすれば安全のための道具のはずが、使われ方によっては防御どころか、逆に被害を受ける凶器と化してしまうことがある。携帯電話はまだまだ進化の過程にある、と言えるのだろう。
 ところで、アウトドアでは携帯電話が大変便利な装備になっている。一昔前のことだが、携帯電話が普及し始めた頃、「私遭難しています!」なんていう電話が山小屋にかかり、すぐに救助されたというお話がある。箸袋に印刷されていた山小屋の電話番号が役に立った。近ごろの遭難事故の報道を見ても、携帯電話が救助の手立てになっていることが多い。

 いまや、北アルプスなどの高い山でも、携帯電話が通じるようになった。谷筋や尾根の影に隠れれば通信は不能だが、見晴らしのいいところであればけっこう通じる。立山でも、穂高でも携帯で話している登山者をよく見かける。画像を送信している姿も、ごく普通の風景になった。昨年、白馬岳で滑落事故に遭遇したときも、そのパーティのリーダーが携帯電話で救助を要請し、20分ほどで警察のヘリが飛んできた。ただ、そのポイントが、たまたま通信可能なところであったことが幸いした。少し離れたところで試してみたが圏外だった。まさに、冷や汗ものである。
 通信事情が良くなってくるにつれ、怖いのが携帯電話への過信だろう。いくら通信可能エリアが広くなったとはいえ、国土の68%が山岳丘陵地という地勢ではフルカバーは難しい。携帯電話を持って行くなら、立ち止まって時々通信状態を確認する必要がある。どのポイントだったら通じるのか、通じないのかをチェックしておくのも、リーダーの仕事になってきた。

 ともかく、通信事情がよくなるにつれ、どこにいても連絡がつくようになってきた。ちょっとした打ち合わせもできる。特にメールであれば、通信可能なポイントを探せ出せれば、少々のことは対応が可能だ。アウトドアで遊んでいようが、森の中を散策していようが、山登りをしていようが、いつでもどこでも情報が入るというのは、こと日本人のメンタリティーにあっている。たとえ休暇で仕事を休んでいても、会社人間にとっては職場とのコミニュケーションができる、というのが心安らぐらしい。「何か連絡入っていないか?」なんて部下に尋ねることで、アイデンティティが保たれる。携帯電話もインターネットも、どこでも仕事ができるというのが安心で、この上なく重宝なのだ。そんなことを米国人のアウトドアズマンにいうと、目を丸くしてアウトドアで仕事なんてまっぴらだと言い放った。

 先日のこと、久しぶりにとある渓流に釣りに出かけた。朝からロッドを振り続けてはいたものの、さっぱり当たりはなかった。夕刻になってようやくいい感じになってきた。と思った瞬間、ヒットした。ニジマスだった。釣上げようとラインを引いた途端、携帯が鳴った。
 ニジマスが水面で跳ねるのをなすがままに、無様な格好で通話をする羽目になった。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。