- 第199回 -  筆者 中村 達


『指導者の責任と保障制度を考える』

 『北アルプス大日岳の事故と事件』(ナカニシヤ出版刊)という新刊本を読んだ。大日岳の遭難事故の報告書である。冨山県にある文部省(当時)登山研修が2000年3月に開催した大学山岳部リーダー冬山研修会で、2人の大学生が研修中に雪庇が崩落し遭難した。
 本書では、事故発生時の詳細な状況や、山岳事故の法的責任、さらには大日岳の巨大雪庇の形成と破壊の研究報告も記載されている。
 この事故は刑事訴訟では不起訴処分となったが、その後、民事訴訟では和解が成立し、国が和解金を支払うこととなった。TVや新聞でも大きく報道されたので、ご存知の方も多いと思う。ともかく、裁判でこの事故に関しては一応の決着がついた形になっている。

 この遭難については、様々な意見があり評論も多いが、私たちが自分のこととして考えた場合、やや複雑である。山岳遭難は、基本的には不可抗力はないと思っている。何らかの判断ミス、情報の読み違い、経験や技量の不足などの要素がある。そして、リーダーの責任がどの程度問われるのかは、判然としないし、評価も微妙である場合が多いようだ。
 大日岳パーティのリーダーは、「すべての責任は自分にある」と語っている。一般論としては、確かにリーダーの責任は重いが、その責任を具体的にどのように果たしていくかは、かなり難しいと思う。

 自然体験活動でも、指導者の責任が問われる可能性もある。この場合の責任は、事故の内容にもよるが刑事的な責任は別として、結局は賠償金となるのではないか。
 では、この賠償金がNPOや指導者が支払えるかといえば、多額の保険でも入っていない限り不可能に近い。こと自然体験活動を行っているNPO団体などの場合、経営基盤は脆弱なところが多いし、スタッフの給料も安く、結婚すれば生活が立ち行かないようなところもある。「寿退職」というのは、自然体験業界では男性の指導者が、結婚して生活を維持していけなくなり、心ならずも職場を去るという言葉だ。福利厚生の制度もまだまだ不十分だ。もちろん故意の過失は論外ではあるが、こんな境遇の指導者や組織に賠償責任を問われても、対応できるすべは恐らく持ちあわせていないだろう。まして高額な賠償責任を問われるようであれば、指導者を志願する若者達は出てこない。

 自然の中で行うアクティヴィティには、大なり小なり危険が伴いがちだ。危険を回避する事前の準備と防止策には、最大限努力を払わなければならないが、アウトドアでは楽しさと感動は、危険とある程度比例する。100%の危険は自殺行為だが、危険度というのは無視できない要素だろう。
 だから、自然体験活動にしても、登山などのアウトドアアクティヴィティにしても、指導中に発生した事故については、任意加入の保険とは別に、国なり、機関なりの保障制度が必要だと思う。少なくとも、児童生徒、学生を対象とする活動については、しっかりした保障制度がほしい。保障制度が出来たからといって、ただちに事故が多発するとは考えにくいし、数十億円程度の基金でもあれば、当面は対応できるのではと思う。もちろん、指導者にはこれまで以上に、安全対策と技能の研鑽が求められるが、この国の自然体験活動を活発にするための支援策として機能するのではと考える。自然体験活動の普及には、保障制度が欠かせない。いかがだろう。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアコンセプター・ジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。