- 第198回 -  筆者 中村 達


『山屋の忘年会』

 もう30年近く続いている忘年会がある。京都のとある社会人山岳会OB達の、年に一度の集まりだ。私たちが20歳代に、山に登る仲間を求めて入った登山愛好会である。ほぼ全員が、どこかの初登攀記録をもっているのが、ささやかな自慢だ。
 その集まりが、いまなお欠落者もなく延々と続いている。三々五々、幹事さんの自宅に寝袋持参で集まる。参加者の平均年齢は60歳を越えている。私などはその中では若い部類に入るから恐れ入る。
 話題は、この一年どこに登ったかの自慢話で終始する。年金や老後の暮らしなどの話しはまず出ない。メンバーには、国際山岳ガイドの資格をもち、いまなお現役で困難な登攀をしている者もいるし、日本百名山を登りつくし、二百名山もほぼ達成に近いという63歳もいる。山岳スキーにはまっているのは65歳だし、この夏単独でテント泊で南アルプスの縦走もしたという。
 もちろん、それなりに体力の維持に努めているようだし、持病がある者はうまく付き合いながら登っている。総じて元気だ。聞いていると、ほぼ全員が暇さえあれば山を歩いている。それも、いわゆる中高年登山者が行かないような、ちょっと凝った、山域やルートが多い。

 このメンバーに限ったことはないが、10歳代、20歳代の若い頃から山に登っていると、理屈ではない動物的な感であるとか、感性のようなものが自然に身についてくるように思う。そんな経験者と山に入ると、振る舞いとか、雰囲気がまるで違ってくる。理屈では語れない自然との同化ともいえる空気感ができる。もちろん、ある程度山に登り続けていないと、それは劣化する。この感覚は、若ければ若いほど身に付きやすいようだ。だから、中高年になってから山登りをはじめても、簡単には獲得できないような気がする。
 このえも言われぬ感性が、年をとっても自然のなかで遊んでいられる源泉ではないかと、彼らの言動を見て感じる。だから、青少年期における自然体験が大切なのだ。ただ、私たち山屋の多くは、脳味噌まで筋肉だと言われがちで、とにかく山で遊びすぎて出世とは縁遠い者が多いようだ。高度成長期に長期休暇をとって、あるいは、退職してヒマラヤなどに登っていては、普通は出世もおぼつかない。それでも元気で、還暦を通過しても嬉々として、元気で山で遊んでいられるのは幸せなのだ。
 ただ、私も含めて彼らの子どもたちの中で、登山をしているものはほとんどない、とふと気がついた。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアコンセプター・ジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。