- 第196回 -  筆者 中村 達


『集中力の限界』

 晩秋というのに渓流釣りに出かけてきた。滋賀県の鈴鹿山中には、渓流そのものが管理釣り場になっているところがある。この時季、川はとうに禁漁期間だが、管理釣り場は入川料を払えば釣りができる。ここはフライフィッシングのみ許可された渓谷で、管理釣り場といっても、まるで沢登りをするかのようだ。初心者では登るだけでも注意が必要だ。
 晩秋とはいえ温暖化の影響なのか、山深い渓谷でも紅葉は遅れていて、色づきも良くなかった。

 ところで、フライフィッシングは面倒だ。ロッド(釣り竿。太さ、長さなど種類が多い)の先に、ライン、リーダー、ティペットの順に結ばなければならない。これらは太さと形状が異なる。その先にようやく、毛鉤を結ぶところにたどり着く。難儀なことに、すべて結び方が違う。また、毛鉤の種類は非常に多く、季節、水温、場所、天気、水量、それに対象となる魚によっても異なる。毛鉤を水面に浮かすか、沈めるかでも選択の幅は広い。
 私なんかはきわめて適当だが、こまめに変えるフライフィッシャーも多い。最近では老眼が進んできたので、ティペットを毛鉤に通すのも難儀な作業になってきている。
 こんな一連の作業を終えて、ようやくロッドを振ることになるのだが、まだあった。ドライフライ(水面に浮かす)場合、フロータントという液体を塗らねばならない。これがなければ、毛鉤に水が浸みこんで浮力が落ちてしまう。なにしろ作業が多い。それでも面白いのだから困ったものである。

 ロッドを振りはじめてしばらくは、それなりにポイントに毛鉤を投げることができるが、時間が経つにつれ、糸が絡んだり、毛鉤が木の枝や葉っぱに絡みついたりと、にっちもさっちもいかなくなってしまいがちだ。そのたびに、ティペットや毛鉤を交換しなくてはならなくなり、一連のやっかいな作業を、何度となく繰り返さねばならない羽目になる。こうなると集中力が切れだして、釣れなくなってしまうのだ。私の場合、フライフィッシングでは、集中力はせいぜい2時間程度しかもたない。

 こんな大変なフライフィッシングがなぜ楽しいか?釣り上げる楽しみはもちろんだが、集中力がどれほど保てるか、これが面白いのかもしれない。
 最近、このフライフィッシングも若者達には人気がないと聞いた。ショップの売り上げも落ちているらしい。
 フライは、始めて2年程度は釣りにならないと言われている。私の場合もそうだった。諦めかけた頃に、ようやく1匹の岩魚がヒットした。それまでは、ひたすら耐えていたように思う。

 面倒、耐えるなどというアウトドアアクティビティは、こと、いまどきの若者達には支持されないのだろう。10数年前、「リバー・ランズ・スルー・イット」という、ブラピが主演した映画があった。フライフィッシングを通して家族の絆が結ばれるという、実話を原作にした映画だったが、そのファッションが話題となって、フライフィッシングがブームとなった。ほんのひと時の瞬間風速で、ブームは過ぎ去った。米国でもフライショップに「あの映画のファッションをください」というお客がたくさん来たらしい。
 その名残かどうかは知らないが、自然学校のスタッフがフライ用らしいベストを着ているのが、なんとも興味深い。

 さてこの日、管理釣り場というのに釣果は、岩魚がたった数匹とさっぱりだった。以前来た時は、ほぼ同じ時期だったが、魚影は非常に濃かった。夏の暑さと、降雨量の少なさで、魚が減った?お客の減少で放流数が減った?釣れなくなって、お客が減り、採算性から放流数を減らした?こんな負のスパイラルに陥りつつあるのかもしれない。もっとも、ぱっとしないこの日の釣果は、私の腕前のせいも大きな理由ではある。

 夕刻になって、再び集中力が切れだした頃、何気なく岩から岩へと飛び移ろうとした時、いきなり、ガーンと顔面を打ちつけた。横たわっていたナラの倒木にぶち当たってしまった。帽子のツバで、倒木が見えなかった。顔面から血が滲んできた。
 集中力が切れると、ろくでもないことが起こる。晩秋の日暮れは早い。もっと早く下山すればよかった、などと悔やんでみても遅かった。

(次回へつづく)


■バックナンバー

■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアコンセプター・ジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。