- 第193回 -  筆者 中村 達


『山小屋は早く寝るものです!?」と叱られた』

 体育の日の連休、信州のとある有名山岳に出かけてきた。やはり今年は暑い日が続いたので紅葉が遅れていた。地元の人に聞くと、10日ほど遅いという。駐車場は早朝にもかかわらず車で溢れていた。その多くが観光客で、駐車場のすぐ近くにある湿原を見にやってくる。大きな三脚にデジイチをぶら下げた人たちがあまりにも多い。観光客の多くは、目的地を転々と変えて秋の旅を楽しむのだろう。親子連れも大勢来ていた。

 この日、喧騒を避けて登山者があまり歩かない道を選んだ。ツガ、コメツガ、トウヒなどに覆われた森は、静かに冬の訪れを待っているかのようだった。
 静かなトレイルだが、何組かの登山者とすれ違った。彼らは近頃なぜか鈴をつけている。熊よけなのだろうか。何かしら音がしていないと、寂しいという節もある。あの、チャリン、チャリンという音が聞こえると、急に白けてくる。特に後から聞こえてくると、歩くペースが乱れて困る。中にはラジオ併用という御仁もいる。おかしな風習ができてしまった。

 夕刻、ピークを越えて目的の山小屋に着いた。小屋前の広場は多くの登山者で溢れていた。この日が一年で一番の書き入れ時だと、この小屋の主人から聞いた。ほぼ定員一杯の150名ほどが宿泊した。大半が中高年者だ。何組か子供連れもいるが、ざーっと見渡した限りでは、はっきり言って年寄りばっかりだ。平均年齢は65歳ぐらいだと、山小屋の番頭さんが言っていた。それだけ元気なお年寄りが多いというのは、大変結構なことだ。私なんかは、その年になってまだ登っていられるか自信がない。
 これだけ大勢の宿泊客ともなれば、食事は4交代になる。第一グループの食事が始まったのは5時30分頃で、私たちは最後になって、夕食にありついたのは7時をまわっていた。このあとは順番待ちがないので、山小屋の主人と酒を酌み交わしながら、よもや話しに花が咲いた。話が盛り上がってきた頃、階上からオバサンが降りてきた。そして、いきなり「あなた方、いま何時だと思っているのですか。私たちはもう寝ているのですよ。山小屋は早く寝るものでしょう。知らないのですか!みんな疲れて寝ているんですよ!山の楽しみ方を知らないのですか!」ときた。思わず時計を見ると8時15分だった。これじゃ、山には若者達は戻ってこないねぇと、この小屋の主人と苦笑しながら顔を見合わせた。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアコンセプター・ジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。