- 第166回 -  著者 中村 達


映画『天と地の間に』

 正月、これといって見たいTV番組もないので、年末に通販で買っておいた『天と地の間に』というDVDを見た。たぶん40年ぶりぐらいではないか。確か高校生の頃、京都に巡回に来たこの記録映画を、食い入るように見た記憶がある。衝撃だった。今回もその時と同じような感動が、記憶とともによみがえってきた。

 映画は、ヨーロッパの名登山ガイド、ガストン・レビュファが、アルプスのマッターホルン、モンブラン、ドリュ南西岩稜などを登攀する姿を撮影したドキュメンタリーである。
 岩壁を華麗に、まるで踊るように攀じる姿に酔った。シンプルで最小限の装備ではあるが、1960年代の当時は、まだ日本では手に入らない最新のものばかりで、高校生の私は感動とともに、大きなカルチャーショックを受けたものだった。鮮烈なインパクトだった。

 モンブランでテントを張らずに、イグルーを作るシーンがあるのだが、手袋が濡れるといけないというので、素手で積み上げるという映像は、いまなお強烈に記憶の中になる。DVDでもそのシーンが出てくるのが待ちどうしかった。大学の冬山合宿で一度まねをしてみたが、冷たくてすぐに手袋をはいた。また、ピッケルは登山家の魂であるから、バンドはつけてはいけないというので、はずしてみたものの、何度も落としそうになって着けなおした。
 映画を見た後、すぐさま同氏の登山技術著『雪と岩』を買い求めた。1800円だった。当時としてはとても高価だったが、無理をして買った。
 先日NHKで放映された、写真家『星野道夫の世界』で、氏の書架のなかにもガストン・レビュファの著作が並べられていて、感慨深かいものがあった。

 ガストン・レビュファの登山家としてのマインドやスタイルは、当時の私たちに様々な形で、大きな影響を与えたのではないかと思う。ぼちぼち輸入されてきた、レビュファが映画で使っていたハンマーやリュックサックも、アルバイトで稼いだお金を全てつぎ込んで買った。友人などは映画と同じセーターを編んでもらって、自慢していた。
 穂高や剣の岩場では、レビュファファッションが一世を風靡した。赤いスカーフを頭に巻いたクライマーをあっちこっちで見た。私もその一人だった。
 ガストン・レビュファは名登山家・名ガイドだけでなく詩人でもあった。私たちは山に登る姿勢、そして氏のライフスタイルに心酔したのではないかと思う。
 大衆登山の全盛期であった60~70年代は、若者たちがこぞって山に登った。そんな時代には、アウトドアズも自然体験などという言葉も不要であった。

※なお、この映画は国際山岳探検映画祭のグランプリ受賞している。

(次回へつづく)


■バックナンバー

■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアコンセプター・ジャーナリスト。
NPO法人自然体験活動推進協議会理事、国際アウトドア専門学校顧問、NPO法人比良比叡自然学校常務理事、日本アウトドアジャーナリスト協会代表理事、東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサーなど。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。日本山岳会会員。