- 第162回 -  著者 中村 達


『北八ヶ岳の山小屋で』

 先週末、北八ヶ岳を歩いてきた。紅葉もすでに終わり、登山客も少なく森は静かだった。新雪をかぶったトウヒやシラビソの原生林に、小動物の足跡が点々と続いていた。
 休んでいると、後ろから鈴の音が聞こえ、ジーンズ姿の登山客が会釈をして私たちを追い越して行った。
 再び歩き始めて間もなく、そのジーンズの登山客が戻ってきた。これから先は雪が深くこの装備では無理だと思い、下山することにしたそうだ。賢明な判断だ。
 標高2,500mにある山小屋では薪ストーブが焚かれ、私たちを歓迎してくれた。ストーブを囲んで、遅い昼食をとっていると、20歳前後の男女の若者が相前後して小屋に入ってきた。途中道を間違えたということだが、ともかく無事に小屋に着いた。聞くと、この小屋のスタッフに応募して下見に来たのという。彼らは休む間もなく、早々に厨房に入っていった。

 夕食のあと、例によって酒宴になった。仕事を終えた小屋の主人やスタッフも一緒になって、山のよもやま話や自慢話が延々と続いた。ふと、厨房に目をやると、スタッフ志望の先ほどの男性が一人ぽつんと、背中を向けて座っていた。私の友人も気がついて、彼を団欒の輪に招きいれた。
 なぜ、来なかったの?という問いかけに、自分が何も出来ないことにガックリして、考え込んでいたのだという。今年、高校を卒業したばかりの彼は、働いてみたいと思って山小屋に来たが、想像をはるかに超えた山小屋の仕事の大変さに驚いた、というところだろうか。
 考えてみれば、私の18~20歳の頃といえば、山小屋で働くというのは論外で、山に登ることに狂騒していた。もっとも山ではテントでしか泊まったことはなく、山小屋の何たるかは知る由もなかった。山は遊ぶところで、働くなんて思いもよらなかった。そんな程度の認識だったなあと、こちらも考えさせられた。
 それにしても、いまどきの若者は!と言われがちのこの頃だが、ぜひ、彼には山小屋で働いてほしいと思った。きつくて辛いことも多いだろうが、頑張ってほしいと願う。こんな若い人たちがもっと、もっと出てくれば、この国のアウトドアズも少しはましになるかも知れない。

(次回へつづく)


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■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。