- 第139回 -  著者 中村 達


『登山客のスタンダードとは?』

 各地でサクラも咲き、いよいよ春本番。これからしばらくアウトドアは快適だ。暑くもなし、寒くもなし、特に郊外のトレッキングにはちょうどよい季節だ。
 京都南禅寺の塔頭の住職に、私の昔からの山仲間がいる。僧侶と山登りといえばなんだかおかしくおもえるが、修行の場は山岳であることを考えれば、ごく自然なことだ。
 その和尚が言うには、ここ何年か大勢の中高年の登山者が寺の前を通っていくのだそうだ。背後には東山三十六峰が控えているし、大文字山もすぐ裏にある。
 その登山者がスパッツをつけているのをよく見かけるという。私たちの常識では、スパッツは雪が靴の中に入るのを防ぐための、いわば靴カバーのようなものだが、近頃では少し用途が違ってきた風にみえる。パンツが汚れないようにとか、靴の中に石ころや砂が入らないようにするため、なのだそうだ。余計なことだが、なんとも不思議なファッションである。

 また、ストックを持って歩く人が多い。これは確かに大変有効だと私も認めているし、山には必ず持参している。高い山や、荷物が多い時はダブルストックで使う。しかし、中高年者が持っているのは、そのほとんどが、もち手がT状になった、いわゆるステッキ型だ。

 私がストックを積極的に使うようになったのは、15年ほど前、アメリカの登山学校で奨められて、その劇的な効果を体感してからだ。まるで4本足になったように歩けるし、特に下りでは足の負担が相当軽減でき、スピードもかなりアップする。しかし、T型では下りには有効でないし、ほんの支え程度にしか機能しないと思う。また、使い方によっては危険だという意見も聞いたことがある。だが、アウトドアショップやスポーツ店では、この形が主流を占めている。店員に、T型がなぜ多いのか尋ねてみても、答えは、よく売れるから、人気があるからとしか返ってこない。
 世界中をまわって確かめてきたわけではないので、定かなことは言えないが、このT型人気は日本だけの特異な現象のように思う。
 アウトドアの世界だけに限ったことではないが、どうもこの国の常識は、世界のスタンダードではないらしい。

(次回へつづく)


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■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。