- 第88回 -  著者 中村 達


『山は熊や鹿、イノシシがいっぱい』

 京都の北部に広がる山地を、京都北山と呼んでいる。北山という山があるわけではない。
 体育の日に、その京都北山のほぼ中心部にある峰床山(970m)を歩いてきた。祝日なので、さぞ賑わっているだろうと思っていたが、山は静かだった。
 峰床山へは尾越から京都の尾瀬といわれる、八丁平湿原へのルートをとった。ひと汗かいて八丁平湿原に入ると、イノシシや鹿のおびただしい足跡が、そこら中にあって、時折、獣の匂いが漂ってきた。すぐ近くの藪のなかで、息を潜めていたのかもしれない。

 湿原の休憩所で、ようやく人に出会った。宇治から来た野鳥の写真家と、京都市から委託を受けて、湿原の周辺をパトロールしている、二人の老人だった。山麓の久多という集落から、2日に一度、巡回に来ている上河原さんと谷向井さん。上河原さんは74歳。谷向井さんは76歳だという。お元気そうな姿からは、二人ともとてもそんな年齢には見えなかった。
 上河原さんによると、ここ数年なぜか中高年の登山者が減って、山は静かになったそうだ。その分、鹿やイノシシがやたら増えだしたという。鹿が増えた理由のひとつは、猟師が高齢化して減少し、天敵がなくなったからだといわれる。
 八丁平湿原の森もよくみると、樹皮が食いちぎられ丸裸になった、ミズナラやブナが数多く見られた。やがてこれらの木々は立ち枯れになって、植生が大きく変化するのだろう。山麓にある田畑という田畑は、すべてネットで囲まれていた。これは、いまや全国どこにでも見られる光景で、それだけ獣害が多いのだ。

 熊はいますかという問いかけに、その辺にもたくさん足跡があったし、あっちこっちに出没していると、平然と谷向井さんに言われてしまった。ただ、このあたりの熊は、食べ物が多いのでおとなしいし、人の気配で逃げてしまいますよ、と野鳥写真家が割って入った。とはいうものの、連日、熊の出没と被害の報道がされているので、人気のない山中では、気がかりである。
 別れぎわ、上河原さんを見ると、しっかり熊除けの鈴が腰にぶら下がっていた。

 八丁平から原生林を抜けて、峰床山の山頂に立った。そこで、ようやく若い登山者たちに出会った。京都の山科から来た、ご近所の仲良しグループだそうだ。にぎやかだった。こんな若者たちには、熊も近寄ってこない。

(次回へつづく)


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■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。