![]() ![]() ![]() - 第84回 - 著者 中村 達
『大物が釣れた!』 少し自慢である。ちょっとうれしい。 8月の最後の土日、岐阜県の山中に釣りに出かけてきた。この夏、その小さな藪沢は、水量が少なかった。いつもなら、もう少し溜まりがあり、岩魚が餌を待っているのだが、そんな気配がまるでなかった。魚影も走らない。こりゃ、今日は坊主かもしれない。そんな気がしてきた。 この釣り行きだけは、みんなで岩魚を食べることにしているので、20cm以上はリリースしない、と決めている。年に一度だけは、食べさせていただく。この藪沢では、残念ながら私の腕ではフライは振れないので、餌釣りである。 30分ほどして、ようやく釣れだした。曇り空になってきて、雰囲気がでてきた。2時間ほど沢を釣りあがって、古い堰堤の下に出た。 餌を新しくして、岩の陰に隠れながら、そーっと竿をだした。すると、いきなりガックンときた。 ![]() すごい引きだ!顔を出して淵を覗くと、まるで鮭のような岩魚が、ラインを引っ張っている。このときは興奮して、まるで馬鹿でかい鮭のように見えた。ハリスが切れるかもしれない。しばらく泳がせて、徐々に手元に引き寄せはじめた。背中にぶら下げたネットを右手でつかもうとするが、焦って思うようにつかめない。震える手で、ようやくネットをつかんで、岩魚をすくった。『でかい!』興奮しながら、魚篭に入れようとしたとき、岩魚が跳ねて足元に落ちた! 思わず思いっきり押さえ込んで、なんとか魚篭にいれた。汗が噴出した。それを見ていた同行者が、『すごい!』と言いながらも、ニヤニヤと笑っていた。 魚篭の中で、ゴツン、ゴツンと最後の抵抗が伝わってきた。 宿に戻って計ってみると、もちろん50cmなどはなく、30cm少々だった。それでも、ともかく夏の終わりに、天然の尺物があがった。 その夜、刺身となった岩魚は、まるでトロのように口のなかで溶けた。メンバー10名に、ひと切れずついきわたった。岩魚たちに感謝して、乾杯した。これでこの夏の自然体験は終わった。 (次回へつづく)
■バックナンバー ■著者紹介 中村 達(なかむら とおる) 1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。 通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。 生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。 |