- 第79回 -  著者 中村 達


『滝つぼに落ちて、走馬灯を見た』

 京都が36度を超えたある日、鯖街道沿いを流れる葛川へ釣りに出かけた。渓谷とはいえ、あまりの暑さに、これでは魚が出ないと、比良山系から流れる葛川の支流、明王谷に入ることになった。
 明王谷は、途中で奥の深谷となって、比良山系の最高峰武奈が岳まで、標高差1000mを一気に駆け上がる大変急峻な沢である。核心部は滝と廊下が連続していて、まともに登攀するには、ザイルなどの用具が必要だ。若い頃はこの明王谷や奥の深谷に、地下足袋にわらじをつけて、幾度となく足を運んだ。夏はシャワークライミングができる、絶好の遊び場だった。

 確か、高校3年生の夏前だっただろうか、この谷から奥の深谷に入った。山岳部の定例山行で、1年生部員をたくさん引き連れて、遡行した。いくつかの滝を登って、核心部に入ると、目の前に10mほどの滑滝が現れた。苔むした滝は滑りやすく、慎重に登ってようやく抜けようとしたとき、目の前の1年生が突然停止した。予想しなかった彼の停止で、バランスを崩した私は、そのまま滝つぼに向かって滑りはじめた。

 手がかりもなく、なすがままに加速度をまして、滑り落ちて行った。その間、5秒、いや4秒だっただろうか。いずれにせよ、数秒の出来事だったと思うが、その短い時間に、なぜか私が生まれてから、今日までの人生が、脳裏に鮮やかに映し出された。小学生の私、中学生の私、高校に入った私、生まれ育った家のこと、そして両親や兄弟のことなど、映画でも見ているように、この短い数秒間に凝縮された光景となって現れた。

 滝つぼに落ち込み、これでもう私は死ぬんだ、と諦めかけたとき先輩の手がのびてきた。必死にその手をつかんで、滝つぼから這い上がった。滝つぼの下は、滝が連続していて、そのまま落ちれば、怪我だけではすまなかったと思う。

 あれから40年も経ったが、いまもあの情景は鮮明に覚えている。これが死に直面したときに現われる走馬灯だと、あとになって知った。この経験が、その後の私の自然体験に大きな影響を与えているような気がする。
 明王谷では、天然岩魚がヒットした。大きなブナの下で、涼風をうけながらコーヒーを沸かし、高校の山岳部時代を懐かしく思い出した。

(次回へつづく)


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■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。