- 第77回 -  著者 中村 達


『増える空き家と廃屋』

 梅雨の合間に、暇を見つけてはせっせと釣に出かけている。自宅から車で1時間も走れば、ポイントに着く。下手な釣でも回数を重ねれば、そこそこ釣れるもので、何とか今シーズンは、いまのところ坊主はない。以前にも書いたように、滋賀や京都の北部には形相のいい渓谷がたくさんある。しかし、これらの渓流の多くは釣荒れていて、竿抜けしているようなところは、藪の中か、ルートがなく滝が連続するような急峻なところしか残っていない。だから、釣れるといっても、ほとんどが放流魚で、天然ものはなかなかお目にかかれない。

 そんな山間の源流部には、必ずといっていいほど、集落がある。平家の落人部落なのかどうかは知らないが、よくもこんなところにと、感心するようなところに、人々の生活がある。

友人が釣り上げた天然?山女
車社会とはいえ、狭く曲がりくねった急な道を、生活道路として利用するのは大変なことだ。冬などは、道路は凍結するだろうし、大雪でも降れば、陸の孤島になってしまうのではないか。そのうえ、そこに住んでいる人たちの多くは、老人達である。時折車を下りて話をするのだが、子供たちは京都や大阪に出ていて、盆や正月にしか帰ってこないと、畑仕事の手を休めて、朽木村のある老人が話してくれた。
 住居の周りにある畑は、すべてネットや有刺鉄線で囲まれている。近頃、激増している鹿やイノシシから作物を守るためである。野生の猿は、もはやどこにでもいるという感じだ。必ず、と言っていいほどお目にかかる。

 そして、このような集落でよく目に付くのが、廃屋や鍵がかかったままの家々である。その数が、年々増えているように思う。つい、数年前まで生活の匂いがしていた集落が、突然無人と化しまって、驚いてしまうこともよくある。おそらく、もうそこに主が帰ってくることはないのだろう。

 そんな中で、そんな廃屋や空き家を、仲間や友人と共同で借りて、休日にそこで過ごす人たちが増えている。もうすぐ定年を迎える、団塊の世代の人たちである。畑を耕したり、山林の手入れをしたり、周辺の山々を歩いたり、釣をしたりと、そこにいる間は自由に、思い思いに過ごすのだという。持ち主と交渉さえうまく行けば、別荘を買うとか、借りるとかより、はるかに安上がりだし、なにしろ広い。痛んだ家屋を修理するのも、それなりに楽しいのだという。庭でバーベキューパーティをしても、隣近所に遠慮はいらない。

 日本の中山間部の多くは、人口の高齢化と過疎化が進み、自然も荒れはじめている。渓流に足を運び、峠の向こうにある過疎の集落を目にするたびに、うまく利用する手はないものかと思っている。

(次回へつづく)


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■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。