- 第75回 -  著者 中村 達


『活字離れ、自然離れと少子化と・・・』

 先日、旧知の山岳図書の編集者に会った。山の本の売れ行きが、パーッとしないそうだ。
 『活字離れ、自然離れ、少子化』の三重苦で、特に若者にはさっぱり人気がないという。
 私が高校生のとき、山岳部の夏山合宿で、確か五色が原のテントの中だったと思うが、顧問の教師が、浦松佐美太郎(注1)の『たった一人の山』の一説を、読み聞かせてくれた。

 『私は一度でいいから、胸のすくような、すっきりした山登りをしたいと願っている。・・・』確か、そんな言葉で始まったと思う。これが授業なら、すぐに眠たくなってしまっただろうが、3000mの山中だけあって、すっかり聞き入った。それ以前は、本なんてほとんど読まなかった私が、以後、ともかく山の本を片っ端から、むさぼるように読んだ。

 若者達、特に子ども達の自然離れ、スポーツ離れ、活字離れ、スキー離れ、・・・10歳代の、『何でも離れ』の世の中である。学校の体育会系クラブは、すっかり人気がない。スキー場では、10歳代の姿が少なくなった。信州のとある有名スキークラブでは、『もう、10歳代は諦めました。3歳から10歳に夢をかけます。』と言っていた。
 山を歩いている高校生や、中学生にお目にかかる機会は、めったにない。もちろん渓流釣りなんてだれもやっていない。『リバー・ランズ・スルーイット』(注2)は、この国ではまさに映画の世界でしかない。

 なぜかわからないが、よく見てみると、あらゆる分野で10歳代の空洞化が進んでいるように思えたならない。15歳の高校生が、小学生の頃TVゲームが大きくブレイクした。ゲームボーイは、必須アイテムとなっていた。この子達が中学生になると、携帯電話を持つのが常識になった。そしてその間、日本はバブルがはじけて、大不況が続いた。親がリストラにおびえる姿を見た子ども達も、少なからずいる。
 いろいろ原因はあるだろうが、このままでは次の10年がヤバイ。

 少なくとも、なんとか若者達を自然へと思う。それには機会が必要だ。きっかけがいる。チャンスがいる。そんなことを考えながら、あと1ヶ月で今年も『バック トゥ ネーチャー』がコンセプトの、東京アウトドアズフェスティバルが始まる。少しぐらい騒いでもいい。喧しくてもいい。子ども達、若者達が自然に向かってくれる機会が、なんとか提供できないかと、いつも悩んでいる。


(次回へつづく)
※1
浦松佐美太郎(うらまつ さみたろう) 登山家・評論家 昭和2年マッターホルン、メイジュ、アイガー東山稜を完登。ウェッターホルン西山稜初登。
訳書にウィンパーの『アルプス登攀記』ノイスの『エベレスト』など。

※2
ノーマン・マクリーン著『マクリーンの川』が原作で、ロバート・レッドフォード製作・監督、ブラッド・ピット主演で映画化された。米国ではこの映画が公開されるや、フライフィッシングがブームとなった。


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■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。