- 第53回 -  著者 中村 達


『猿に囲まれる』

 ようやく秋らしくなった。こうなれば、近くの標高の低い山も登りやすい。自宅から車で30分も走れば、滋賀県と三重県の県境を主脈にする、鈴鹿山系に入ることができる。
 鈴鹿山系は、御在所岳などの観光地をのぞけば、登山客もさほど多くはなく、静かな山域である。ただ、夏場で雨の後などは、ヤマヒルにやられることがあるので、この時期は避けるようにしている。数年前、釣に出かけて家に帰ると、足から血が流れ出て、止まらないことがあった。ブーツをのぞいて見ると、血を吸ってまるまると太ったヤマヒルが、横たえていた。

野生猿の大群に遭遇
 この日向かったのは綿向山(1,110m)という、すこぶる見晴らしのいい山だった。林道を走り、ゲートのあるいつもの所に車を止めた。トレッキングシューズに履きかえようしていると、同行の家内が、何かいると進行方向を指した。野性の猿だった。薄暗い林道にかなりの数の猿がいた。少し近づいて様子をみると、20頭はいそうな、大きな群れのようだ。一旦、サッとー遠ざかるが、また戻ってきた。そのうち、ボス猿とおぼしき、大きな猿が、林道を横切って、右頭上の方に移動してきた。前方からも数頭の猿が、こちらの様子を伺っている。と同時に、何頭かが、左側の杉林ににじり寄ってきた。

 これは、ヤバイ。猿に弱みを見せるのは、ダメとは聞いているが、この際、車の中に逃げ込んだほうが賢明だ。ゆっくり車に乗った。まだ猿の群れは離れない。仕方なくクラクションを鳴らした。その瞬間、いっせいにギャーという鳴き声を発して、群れは遠ざかった。それでも、しばらくすると、林道の先に様子を伺いにきた猿が見えた。
 彼らのテリトリーに入ったのだろうか?もっともそこには、ここから先は、落石の危険があり、表登山道から登ってください、という注意書きの立て看板があった。仕方なく、指示に従い、後戻りしてコースを変更して登ることとなった。
 
 後に地元に人に尋ねると、猿が増えて困っているのだそうだ。田畑がかなり荒らされるのだという。そういえば、周囲の山には杉や、ヒノキなどが植林されていて、猿達の食べ物は少なくなっている。

高速道路で轢きそうになった
 つい先日のこと、滋賀県内の名神高速道路を走っていると、いきなり、防音壁を越えて、走行車線に猿が飛び込んできた。その距離約10m。一瞬、ハンドルを右に切り、ブレーキを踏んだ。猿と目があった。もうだめかと思ったが、猿は左に飛び跳ね、難を逃れた。間違いなくその猿の心拍数は、かなり上がっていただろう。私の血圧も急激に上昇したのがわかった。
 
 言われていることだが、自然が開発され、確実に生き物たちの棲家が奪われている。人間と動物が、うまく共存していた自然がなくなりつつある。そんなことは、頭では理解できても、情報としてインプットされてもいる。しかし、リアリティーはない。こんな野生との出会いがって、はじめて環境のことが見えてくると思うのである。でも、当分は猿とは出会いたくない。

(次回へつづく)


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■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。