- 第3回 -  著者 中村 達


「始まった完全学校5日制」
 新年度になって、学校週5日制と総合学習がともかく始まりました。
 授業時間が少なくなって学力の低下が心配だという、特に母親の声がマスメディアで大きく取り上げられているのが目立ちます。進学塾のなかには、このままでは学力が著しく下がって、いい学校に進学できないなどと煽り立てるので、ますます親は不安になってしまいます。
 こんな状況を見る限り、文部科学省の施策がうまく伝わり、学校や家庭に浸透するにはまだ時間がかかりそうです。ゆとりの教育とは、「生きる力」をつけるために、とかくこれまでは国が教育の現場に、あれをしなさい、これを教えなさいと指導してきたものを、先生たちや、家庭、あるいは地域社会にゆだね、より多様な経験を身につけてもらいおうとするものであったはずです。
 なかでも、「自然体験のある子ほど、道徳観や正義感が充実している」という調査結果から生涯学習審議会が答申した、「自然体験学習の必要性」が法令として「奨励義務」となったということは、大変重要なことだと思います。総合学習の中で、できれば自然体験などの体験学習を奨励します、ということが法令で定まった意味は重いわけです。
 戦後、高度成長とともに進学熱も異常に高くなって、偏差値教育が行われてきました。バブルの崩壊までは、日本の教育水準の高さが評価されてきたわけですが、いまやこの国の総合評価は3流国、いや5流国などと揶揄されている始末です。冷静に考えて見れば、そんな状態の国になったのは何が原因であったのか、理解できるような気がします。
 いま、世界が求めている人材は、学歴偏重ではなく柔軟性のある人材だと、言われています。つまり、子どものころからさまざまなことを体験することが、その柔軟性や多様な思考を生むリソースであることは言うまでもありません。
 それも、出来ることなら変数が非常に多い自然の中での体験が重要だと思います。ぜひ、親子で、あるいは親子3世代で自然体験を共有していただきたいと思います。
 司馬遼太郎さんが、自然の尊厳さを学び「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている」という素直な態度が必要だと、『21世紀に生きる君たちへ』の中で述べています。
 TVゲームや携帯電話などに熱中するこの国の子どもたちの姿は不幸に見えます。塾通いに明け暮れ、体験活動が少なくなっている子どもたちの姿はおかしいと私は思います。こんな子どもたちが大人になっても、この国が再生するとはとても思えません。

 4月14日の日曜日は、ちょうど福寿草が見頃だというので滋賀県にある霊仙山に登ってきました。1000mそこそこの山ですが、山頂周辺が石灰岩のカルスト台地になっていて、眺望もすばらしい山です。ですから登山愛好家には大変人気があります。この日も大勢の登山者でにぎわっていました。しかし、大半が中高年者で、子どもはわずか2人しか出会いませんでした。また、最近では山で若者たちを見かけることは非常に稀になりました。子どものころに山登りの体験をしておかないと、山岳部やワンゲルに入って見ようと思わないのは当然です。その結果高校、大学などでは山岳部やワンゲルなどは開店休業のところが多く、クラブの存続さえ危うい学校が、かなりの数にのぼると推定されます。
 冒険家で中央大学助教授の九里徳泰さんが、コラムで書いているように、「優秀なアウトドアズマンは、優秀なビジネスマンになれる」というのは、まさに自然体験の重要性の本質をついたものでしょう。自然の中で培われるさまざまな能力が、これからの時代に生きる子どもたちや若者にきわめて重要なものであることは分かりきったことなのですが・・・。

(次回へ続く)


■バックナンバー

■著者紹介

中村 達(なかむら とおる)
1949年京都生まれ。アウトドアプロデューサー・コンセプター。
通産省アウトドアライフデザイン研究会主査、同省アウトドアフェスタ実施検討委員などを歴任。東京アウトドアズフェスティバル総合プロデューサー。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルムラットクI、II峰登山隊に参加。