登山家、冒険家、山岳写真家や山岳関係者、一般の登山者、そして、自然体験活動の指導者などに、インスタントラーメンにまつわるエピソードを聞いてみると、実にたくさんあるのに驚く。
極限の状態で、あるいは極度の疲労困憊や耐久生活の中でどれ助けられたかという話は多い。アウトドアで食べるということは、生きるための基本であり、とても大切な作業である。日常生活ではとかく、惰性で食べがちな現代人も多いが、ことアウトドアでは事情が全く異なってくる。行動の中できわめて重要な位置を占めることになる。いつでもどこでも食べられ、調理が簡単、燃費がいい、それなりの満足感、味わい、暖かさなどの条件を満たすものは、インスタントラーメンのほかには案外見当たらない。
そこで、彼らがどのようなシーンでインスタントラーメンを食べたのか、助けられたのか、そんなエピソードをまとめてみた。

第1回
登山愛好家  松尾 憲冶さん
1946年福井県生まれ 関西大学工学部卒 自営業
インドラサン(パンジャブヒマラヤ)第二登のほか、ヨーロッパアルプスの岩壁を数多く攀る。キリマンジャロ、ケニア峰など、国内外の山々を歩く。



編集部 いつ頃から山に登り始めました?
松尾 大学時代です。生まれが福井でしたから、子どもの頃から自然体験は沢山していたと思います。もっともその当時は、自然の中で遊ぶのが普通でしたから、学校から帰ると、すぐに飛んで出て、近くの川や森の中で遊んでいました。
編集部 チキンラーメンはよく食べました?
松尾 登山を始めてからは、チキンラーメンにはお世話になりっぱなしでした。
食料にはチキンラーメンを粉々にして持参しました。出来る限りコンパクトにしたいのが大きな理由ですが、なによりも行動食として、細かく砕かれたチキンラーメンをそのまま食べることが出来たので、随分重宝しました
編集部 おいしかった?
松尾 味がついているし、結構いけました。それに、酒の肴にもなりました。(笑い)
編集部 チキンラーメンにまつわるエピソードは?
松尾 ちょっと汚い話なんですが、冬の八ヶ岳に出かけたとき、燃料が尽きて最後の炊事で、雪を解かして水をつくったのですが、なんと、雪の中に汚物が混じっていた。(笑い)解け出してテントの中にその臭いが漂ってきたんです。
疲れてボーっとしていたので、しばらく臭いに気がつかなかった。これには参りました。仕方がないので、泣く泣くお湯になりかけた雪解け水を捨てました。これで燃料は終わり。残り少ない食料の中で、唯一調理しないで食べられたのがチキンラーメンでした。一片ずつ、味を噛みしめながら何とか空腹を満たして、翌朝、早々に下山することが出来ました。
編集部 チキンラーメンと苦い、いや、臭い思い出ですね。
松尾 いまでも、その時のことは鮮烈に覚えていますよ。
気がつけば、いい年になりましたが、まだまだ山を歩きたいと思っています。
もちろん山スキーもね。最近では、調理が簡単でどこでも食べられる、カップヌードルが行動食になっています。ちょっと、そのまま食べられないけれどね。(笑い)
編集部 どうもありがとうございました。