第35回 「久しぶりの谷川岳」2著者 村田 浩道


 翌日、谷川ベースプラザに車を停め、まだ暗い登山道をヘッデンを頼りに進む。登山指導センターの裏側あたりからワカンを装着、トレースは無くすでに脛あたりまで沈む。西黒尾根登山口からはしばらく急な登りが続く。薄っすらとトレースらしきものに沿ったり逸れたりしながら高度を稼ぐ。膝ぐらいまでのラッセルが続くが、まぁ普通の雪山登山である。
 1時間30分ほど進んだところで、ようやく尾根らしい地形に出た。ここから積雪量が多くなり太腿そして股あたりまでくる。しばらく進んだところで後ろを振り返ると、モゴモゴと何とかついてくるが、ここから無積雪期でも山頂まで4時間半はかかる。このまま進んでも時間切れは間違いないと思った。ここから引き返してロープウェイを使って天神平からなら山頂へとどくか…、即引き返す決断をした。
 逃げ足は早いにこしたことは無い、さっさと尻尾を捲いてロープウェイ乗場まで逃げて楽々コースで天神平まで辿った。思惑どおり先行者のラッセルもあった。(本当にありがとう)そこそこの人数が山頂目指していて、我々が到着した9時頃にも数人の登山者が同時に登山道を登っていくことになった。

 トレースがあるのは何と幸せなことか、ラッセルが無いのは天国だ。しばらくゲレンデ沿いを天神尾根まで登ると、青空が広がり正面に谷川岳、東側には白毛門から笠ヶ岳の眺望がすばらしい。雪山ハイクの醍醐味を堪能しながら快適に山頂を目指して雪稜を進む、バックカントリーを楽しむスキーヤー、スノーボダーも多く先行グループはこの種のグループだった。しばらくして避難小屋を過ぎたあたりから渋滞が始まった。どうやら先頭グループに追いつてしまった様子だ。朝イチのロープウェイを利用しているだろうから、我々とは2時間近くの時間差はあるはずだ。が、追いついてしまった。それだけラッセル行軍は時間と体力の消耗が激しく、やった者でなければこのしんどさは分らない。普通はもう二度度とやりたくない登山のうちにはいると思う。
 肩の小屋まで夏なら90分程度の場所から我々が先頭グループ5人を引っ張る形となる。急な勾配も手伝って、ラッセルは軽くヘソ上~鳩尾ぐらいまで。溜まりでは胸までのラッセルになる。自分で言うのもなんだが、この状況が嫌いではない変態の部類ではある。
 嬉々として雪を掻き分け爆進! も、つかの間…正月明けのダレた身体には効きすぎる。すぐにペースダウンは情けない…昔はもっとさ、できたんだよ、もっと重い荷物背負ってたし…、と何の足しにもならない過去を振り返る。そして、私の後ろに続く見ず知らずの登山者さんよ、ラッセルは変わり交代やで!私は貴方のガイドではないぞ、私のお客様はこのパーティーの最後尾についている人ですから。と、しんどさのあまり心の中で叫んだ。
 すると心の叫びが聞こえたのか、チョット山慣れしていそうなガタイの良い方が、「先頭代わります!」と申し出てくれた。やれやれ、脚が上がらなく寸前に助かった。しかし肩の小屋までまだかなりの距離がある、そしてこれから天候は荒れる。「さっさと逃げろ」山の神が言ったので逃げることにした。ロープウェイ乗場まで着いたときに稜線を見上げると、真っ黒な雲に覆われ強風が吹いている様子だった。

 その時の判断が正しいかどうか?いつも下山後には自問自答の時間がある。無事に下山出来たら判断は正解やろ?でもそれでお客様は満足か?ここでも心の声が漏れだしたのか、
 「山頂には立てなかったけど、冬山の厳しさと醍醐味は存分に味わいました」と満足そうな顔に救われた。ただ落ちていく体力との戦いは、これからどんどん激しさを増しそうだ。



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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。