第33回 「冬の想いで」著者 村田 浩道


 今年も間もなく積雪のシーズンを迎える。関西の山岳域では兵庫県北部、大峰、比良、鈴鹿などでの積雪期山行が多くなる。中でも大峰山域は気温も低く、期間は短いが関西では数少ない天然アイスクライミングができる場所もある。ここでの思い出深いルートは鉄山ルンゼと呼ばれるバリエーションルートで、氷、岩、雪のミックスとルートファインディングも求められ、登山の総合力を試される好ルートである。

 初めて訪れた年は比較的暖かい年で、1月の厳冬期ではあったが、ルンゼ内の氷の裏に僅かに水の流れがあった。パートナーは当時まだ冬のバリエーションルートの経験は浅く、私がリードしてルンゼ内の凍結した沢を攀り始めた。最初の2mほどの滝を超え、続く3m強の滝を超えて行く途中にビレイヤーから「あっ」と小さく鋭く叫ぶ声が聞こえた。続いてロープにテンションがかかり、リードしていた私は下へ引っ張られたが、アイスバイルが効いていたこともあり転落は免れた。

 下を見ると胸まで水に浸かるパートナー。ビレイをとっていた滝壺の氷が割れて水の中に落ちた様子だった・・・まずい。自分が取付いている氷も頼りない。しかもすぐに下山しないとパートナーは低体温の危険がある。ロープのテンションを抜いて滝壺から這い出でもらい、私はなんとか滝の落ち口まで攀じ登り、滝上部の灌木にロープを掛けて懸垂で降りた。その場でパートナーの服を脱がせて自分のフリースを着せて、下は直接シェルを穿いてすぐに下山した。
開始30分で終了したアドベンチャーだった。もちろん次の週にリベンジしたがそのパートナーは別の人に代わっていた。

 ガイドになってからもこのルートは幾度か訪れたが、何度登っても面白いルートだ。関西には2,000mを超える山はないが、泥臭く鍛えられるルートはたくさんある。お客様も富山や長野、山梨方面に気が向きがちではあるが、ぜひ関西の山々にも目を向けて登ってもらいたいと思う。さて、この冬はどんな山行計画を作ろうか。
※画像はイメージです。



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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。