第29回 「愛宕山の白犬」著者 村田 浩道


 引き続き山の不思議話である。

 その日は京都の愛宕山が現場であった。山頂に火の神様がお祀りされており、関西では愛宕山参りといって、火事除けの御札をいただきにお参りしたり、一般的にも馴染みの深い山でもある。その反面、登山地図には出ていない脇道や林業用の道が多数あり、迷い込むと割と急峻な谷や岩稜が待ち構えていたりする。
 以前捜索に入ったこともあるが、ロープを出して下降しないと降りられない場所もたくさんある。小さな谷筋を捜索していた時には滝に阻まれてしまったので、ロープを出して下降していたら、その滝にお祀りされていた不動明王の頭の上に出てきてしまった事もあった。

 さて、季節は11月、普段ならこの山をガイディングすることはないのだが、ある楽しみがあって、お客様や仲間と入ることになった。もちろん参道ではなく、道なき道や谷筋をガシガシ登り、降りる。途中の沢沿いにある龍の小屋という小屋で、仲間の先輩ガイドと合流した。ここに来る途中の斜面で鈴の音がして、上から白い犬が宙を舞うように下ってきて途中で消えた・・・と言うのだ。「ないない・・・いくら霊験あらたかな愛宕山でも、犬が宙を舞う訳がないですよ~。白い犬はいたのかもしれないですけどね」「いや、絶対空中に消えた」と。するとお客さんが「そういやこの愛宕山には廃線跡があって、いかにもいわくつきのトンネルや廃線遺構があり、いろいろ噂がありますよ」と言いはじめた。

 それはチョット聞いたことがあるな・・・まぁとにかく稜線へ戻ろうということになり、全員で急な斜面を登り始めた。そのとき、チリリ、チリリリ・・・と微かに鈴の音が聞こえる。私が先頭を登っていたので立ち止まって後ろを見ると、先輩ガイドにも聞こえたらしく、一点に斜面の上を見つめている。再び斜面へ目をやると、見える、白い動物の様なものが跳ねるようにこちらへ向かってくる。犬かどうかは判らなかったが、とにかく白い何かが向かってくる。途端に毛穴が収縮してゾッとして立ち止まった。しばらくして白タオルを頭に巻いたおじさんが、こんにちは~と斜面をおりてきた。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、とはこのことだった。
※画像はイメージで、本文とは無関係です。



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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。