第28回 「大峰の不思議」著者 村田 浩道


 ややこしいウィルスのせいで、毎年とは少々ちがうものの今年もお盆がやってきた。夏と言えば山、沢、海、スイカ、花火、そして怪談である。お盆がやってくると、この種のテレビ番組もふえてくるが、せっかく帰ってきたご先祖さまも、怪談話のネタにされては苦笑いするしかない。

 山岳の世界にも不思議な話はたくさんあって、あそこでテントを張ると夜中に呼ばれるとか、あの小屋の暖炉のまえには・・・など、よく聞く話もある。僧侶という立場上では『一切唯心造(全ての出来事は心が作り上げている。)』ではあるが、長いこと山に登っていると、確かに不思議な出来事に出会うこともある。

 その日は遭難捜索で大峰山系に入山していた。大峰山は「大峰奥駆道」「修験道」で有名な山系である。季節は5月中旬、山々が新緑のシーズンに向かい始めた頃だった。我々は冬の間に入山して、下山せずに行方不明となった男性を探していた。
 この山域は非常に奥深く、谷も急峻な場所である。行者さん達が修験のために使うお堂や小屋はあるが、いわゆる「山小屋」ではないので、我々はテント泊装備で3日間を捜索の日程にあてていた。初日から天候はあまり良くなく、小雨と大峰らしい靄のなかでの捜索が始まった。
 「この山域はなかなか見つからへんからな」と隊長が言う。確かに山深く谷も深いこの山域での遭難捜索は容易ではない。2,000m以下の山々が連なる山脈なので、森もしっかりと形成されており、生い茂る木々は捜索の邪魔となるし、この天候ではますます難しい。
 わずかな手がかりと、そこからの行動予測、当日の時間想定などから捜索をおこなったが一日目を終了して手掛かりなし。登山道脇にあった行者堂の近くでテントを張って食事を終え、明日の打合せを済ましても、まだ薄明るかった。
 黄昏時に用を足しに行った隊員がかえって来ると、「さっき行者さんらしき2人がテントの方に歩いて行ったけど通っていった?」と言う。「え?」ありがちなシチュエーションではあるがまさにそれだった。
 「いやいや、誰も来ないし。どんな人よ?」「白っぽい服やったで」「また、また!・・・お化けやん」「いや、ホンマにいたけどなぁ」という感じで、そのことについてそれ以上は誰も触れず、翌日にそなえて早く就寝した。

 翌日も天候は回復せず、靄がかかる山中を捜索した。可能性のありそうな場所は、尾根から谷まで何度も登下降を繰り返した。昼過ぎだっただろうか、仲間からの無線で、登山道から少し外れた倒木にストックとリュックを発見したと無線が入った。急ぎ合流すると、今までそこに人がいたような雰囲気で、リュックとストックが放置してあった。ただそれは、よく見ると雪解けと雨で薄汚れていて、持ち主がいないことを示していた。ここにリュックを置いていく理由・・・用足しだろう。だとしたら近くに居るはずだ。全員がそう思って、一斉に周囲を捜索した。人目につきにくい木陰、入り込みやすそうな藪。用足しに行っての事故は少なくないので、その先にある谷へも下降して捜索した。しかし、その人は見つからなかった。

 しかし、降下したその谷で、もう一つのリュックを発見したのである。そのリュックはかなり前から放置されているらしく、あちこち破れていた。このリュックの持ち主も、周辺には見つからなかった。行方不明者の物と思われる二つの遺留品は、勝手に触れることはできないため、翌日警察に連絡してから回収して引き渡した。
 倒木にあったリュックは我々が探していた行方不明者のもので、もう一つは持ち主がわからないとのことだった。捜索隊員全員でなんとか発見しようと全力を尽くしたものの、この捜索では行方不明者を発見できずに3日間を終了した。リュックやストックを置いて何処へ消えてしまったのか、そこから遠くではないことは確かだと思うが、忽然と消えたかのような雰囲気だった。そして初日の黄昏時に見たという2人の人影・・・。発見した2人分のリュック・・・。黄昏時は「逢魔ヶ時」それ以降の捜索も行わないということになったのでその後の情報はないが、知り合いの山伏にこの話をすると、大峰には多くの魔物が棲むということだった。
※画像はイメージです。



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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。