第16回 「禅とロングトレイル」著者 村田 浩道


 何をかくそう私は禅僧である。所属する日本山岳ガイド協会の中でも、禅僧とガイドの二足を履くものは知る限りいない。しかも現在は一寺の住職でもあるから、外から見れば稀有な存在で、地域寺院のなかでもいっぷう変わった存在に捉えられているようだ。
 しかし、本人は大マジメに禅とロングトレイル、あるいは禅と登山は本質の部分で同じなんだと考えている。山岳信仰という部分では、日本三大霊山や石鎚山など日本では古来からその山、その山において独自の信仰による登山が行われてきたし、剱岳、槍ヶ岳などをはじめとする国内のメジャーな山々の開山は行者や僧侶である。また、四国お遍路、大峰奥駆道、熊野古道、お伊勢参りなどの参道は、現代でいえばロングトレイルだろう。宗教と道や山というものは切り離せない関係である。
 そして、特に禅とロングトレイルだが、皆さんは『禅』と聞くと真っ先に『坐禅』を思い浮かべるだろう。もちろん坐禅とは『坐』する『禅』だから坐禅であり、『禅』とは端的にいえば心の情態を指すものなのである。だから、読経する禅、食べる禅、寝る禅もある。となれば当然【歩く禅】【のぼる禅】もあるのである。(余談ではあるが、坐禅と表記するのが正しい。少なくとも禅宗では座禅ではないのである。坐するとは行為を指し、座するとは場所を指す)

 もともと禅僧は一つの寺院に留まることなく、全国を歩きながら自身の修行と布教を行っていた。禅僧の持ち物には応量器(おうりょうき)というコッヘル、袈裟行李(けさごうり)というリュック、脚絆(きゃはん)というロングスパッツ、錫杖(しゃくじょう)というストックなどがあり、墨染めの衣を身に纏い、網代笠をかぶって全国を行脚した。必要最低限の生活用具を持ち、野宿し、施しを受けて時には坐し、時には読経して、歩く旅の中に人生の真理と本質を求めたのである。これはまさにロングトレイルであり、禅僧はバックパッカーではないか。現代ではこれが自然志向の遊びや健康、青少年教育の場として、また地域活性のツールとしても注目を集めている。


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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。