第14回 「歩く旅」著者 村田 浩道


 北陸新幹線が開通し、東京から金沢間が2時間30分で結ばれた。そして、リニアモーターカーが全線で開通すれば、東京と大阪はわずか1時間あまりで結ばれる。また、来年の春あたりから、5Gなる次世代通信機能が提供されるという。現代社会のインフラは恐ろしい程早く正確で、われわれの生活や仕事にはますますスピードと効率が求められる。
 かく言う私も、移動には新幹線や飛行機をしょっちゅう利用をしているが、ちっとも楽しくはないし、記憶にもあまり残らない。(鉄道や航空機ファンの方すみません)単なる移動手段としか捉えていないのだから当然のことかもしれない。だが、小学生時代に往復6キロの通学路を、雨の日も夏の炎天下も、冬の吹雪の中も、仲間と歩いて通った記憶は30年以上経つ今も鮮明に覚えている。

 私の住む滋賀県高島市には『歩く旅』を楽しむ「高島トレイル」があり、四季をとおして豊かな自然が楽しめること、人々の暮らしと文化がこのトレイルの背景にあることが魅力である。トレイルを歩くと、目の前には山野草が咲き誇り、素晴らしいブナ林が広がる。数多くの野生動物も生息しており、ゲラ類のドラミングの音やアカショウビンの特徴的な鳴き声などはとても興味深いし、ときには森の王者との出会いもある。

 ある年の5月中頃に雑誌取材の仕事を請け、記者とカメラマン2名をガイドしてテント泊をしていた。翌早朝、辺りが朝靄につつまれ、なんとも幻想的な美しい景色の中出発の準備をしていると、谷筋の方からなにやら荒い息遣いとパキパキッと小枝を踏みながら近づいてくるものがいる。間違いなく熊だな・・・しかもこの季節なら子連れの可能性もある。こちらが気づいているぐらいだから、熊の方もこちらを認識しているはず。取材陣は気づいていない様子だが、変に伝えて騒いでしまい熊を脅かしては危険だと考え、私は少し身構えながら静かに待った。

 パキッ、パキパキッ、近づいてくる。一気に緊張が高まったその時、我々の幕営地20mほど先のトレイル上を、子熊2頭を連れた母熊が横切り、朝靄の中を反対側の谷筋へ下りて行った。一瞬の出来事だったが、さすがに取材陣も気づいたらしく「いまの熊ですか!?」「そうですね、子熊2頭連れてましたね」「え~っ‼見たい」と探しに行こうとするので、慌てて止めた。
 熊が住む森は非常に豊かな証拠であり、この豊かな森が残るトレイルには人類の最も基本的な移動手段である『歩く』ことをによって、その景色や風の匂い、自然の音が記憶に残る『旅』ができる。超スピード化、超効率化、デジタル時代へのデトックスとして、贅沢な時間の過ごし方として、この『歩く旅』の要素を取り入れた旅のスタイルが主流となると考えている。


■バックナンバー
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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。