第13回 「自然との出会い」著者 村田 浩道


 私は滋賀県の北西部に位置する高島市で生まれ、学生時代こそ東京で過ごしたが、人生の大半はこの地で生きている。ご承知のように滋賀県は琵琶湖を擁し、西と東の交通の要所と言われる。他県の方からは、琵琶湖は滋賀県の3分の1ぐらいの大きさだと思われがちだが、実際には6分の1程度の大きさらしい。山地は県の面積の3分の1程度を占め、お世辞にも都会ではない。高島市は現在でも自家用車がなければ生活がしづらい状況で、人口は予想をはるかに超えるスピードで減少している。

 こんな状況ではあるが、魅力的な自然環境だけは残っており、鼻を垂らした少年時代もこの自然環境のなかを遊びまわった。特に夢中になったのは魚釣りで、釣りキチ三平などは何度読み返したかわからないし、もちろんフィールドにもしょっちゅう出かけた。
 うちの婆ちゃんなんかは変わった感性で、私の魚釣りを応援?してくれた。婆ちゃんいわく「逃げる魚は捕まえたらアカン、命が惜しくて逃げるんやから。でも針にかかる魚は、魚自身も餌を食べたいという欲があって釣られてしまうんやから、しぁーない」と。いまでも何故かよく覚えている。
 フィールドは山に囲まれているので、そのうち釣り場は山へと向かう。渓谷にはアマゴやイワナがおり少年時代の憧れの魚だった。釣りキチ三平を読みあさり、得た知識を総動員して渓流に向かう。「毛鉤で釣るんやで!」「なにそれ?」「鳥の毛が付いた針やん」。本来この程度で釣れるほど甘くないのだが、ビギナーズラックとは恐ろしい。初めていった渓流で、自分で切ってきて作った竹製のべ竿、親父の釣りケースから拝借した毛鉤でアマゴが釣れてしまった。
 今思えば、それだけ豊かな渓流だったのと、たまたま季節と天候と時間帯が良かったのだ。少年時代の私には、それはもう何にも代えがたい体験だった。まさしくプライスレスの体験である。その日から渓流釣りにハマりまくり、休みはもちろん学校から帰ったら直ぐに山へ向かった。何度も釣行するうちに、毛鉤よりやっぱりミミズが釣れるし、現地で調達するクモとかカゲロウなんかは爆釣だった。
 当然、釣りだけをしているはずもなく、川で泳いだり沢を登ったり下ったりして遊んだ。子供の好奇心は尽きるところを知らないもので、もっと奥地へ行けばもっと大きなイワナが釣れるかも。あの滝を越えることができれば、釣りキチ三平に出てくるような素晴らしいポイントがあるかもと・・・小学生が好奇心だけで仲間と挑んだ滝の高巻きは、今考えるとかなり恐ろしい。普通のスニーカーで片手に釣り竿を持ち、両手が必要な時は口で竿を咥えて登ったりもした。ゴルジュのような渓谷にまで入ってしまって進退窮まり、泣きべそをかきながら、仲間と転げ落ちそうな斜面を上を目指して登った。林道に辿り着いた頃にはすっかり暗くなって、近所は大騒ぎになったこともあった。みんなよく無事に帰れたなぁ、と今でも思う。

 この遊びの延長が私の人生を支えていることは確かで、よくよく考えてみると、現在もやっている事とたいして変わっていない。この体験と経験があったからこそ、たくさんの人と出会い、多くのことを学ぶ機会を得て、いまでは私の仕事となり、お客様と感動を共有することができている。このプライスレスの体験と経験は、次世代にも必ず引き継いでいかなければならない。自然界は人を育てる優れた教育現場である。

※画像はイメージです


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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。