第12回 「続々・焼岳の小屋」著者 村田 浩道


 もう一人のガイドが駆けつけ、状況を説明して他のお客様を誘導してもらった、幸いすぐ近くに小さな祠があり、その前のちょっとした広場にで待機できた様子。更に幸運なことに、受傷者の意識が戻った!これには本当にホッとした。名前や住所、年齢などは正確に受け答えできる。しかし、なぜ自分がここに居るのか、何をしていたのか全く解らないと言う。状況が少しでも好転するように、色んな会話を続けながら身体の保温に努めていた。同時に、添乗員さんには焼岳小屋まで戻ってもらい、衛星携帯で救助要請をお願いしてもらう段取りをした。
 もう一人のガイドは、全員の携帯を出してもらい、電波状況を確認してくれていた。au携帯のみ辛うじてつながる様子で、県警に連絡してヘリが飛べるかを確認してくれていた。

 10分後ぐらいに県警から折り返しの連絡が入った。悪天候のためヘリは飛べない、地上から救助に向かうから、少しでも下山出来ないか?との連絡だった。受傷者はかなり回復し、自力で歩けると言う。頭を打っているだけに、できるだけ動かしたくはない。しかし、焼岳の小屋からも駆けつけていただき、麓までサポートして下さるとのことなので、受傷者をロープで庇いながら少しずつ下る事にした。背負い搬送も試みたが、登山道を雨水が流れる状況と、折からの強い雨では二重事故の危険性が高いと判断した。一時間ぐらいに下った所で救助隊と合流した。

 一緒に麓まで下り、救急車へは私が同乗して病院へと向かった。救急車の中でも意識はハッキリとしていて、病院での処置が終わり検査結果による医師の判断では、バスに乗って他の参加者と帰れますとのことであった。

 受傷したお客様が処置室から出て来られたものの、シャツとズボンは血だらけ・・・。このまま新大阪から電車に乗っては、通報されてしまいそうだったので、着替えを調達できる場所を看護師さんに聞くと、200メートルくらい行けばUNIQLOやAlpenがあると言う。
 お客様もそれなら着替えを買おうと、一緒に向かった。このお客様、非常に登山服へのこだわりが強く、シャツの胸ポケットは2つで、フラップがついていて、ボタンで止められる物でなければならない。ズボンの後ろポケットも同様だと・・・簡単に都合の良い物はない。頑なに他はダメだとおっしゃる・・・かなり回復して元気になられた証拠だろう。店員さんにお願いして近い商品を探してもらい、なんとか気に入った衣服を見つけてもらった。着替えをすませ、バスに合流。ようやく一段落して、忘れていた食事をとりホッとしていた。

 ふと気になり受傷したお客様に目をやると、一番後ろの席で眠っておられる様子。ん?そういえば、診察した医師からは頭部を打っているから、帰りのバスで万が一こんな症状がでたら要注意と印刷物を渡されていた。激しいイビキ、手足の細かな痙攣、身体の脱力感など・・・心配で仕方がない。たびたび一番後ろまで見に行っては、状況を確認する。お客様も相当な疲れと、安堵からくる眠気に深い睡眠の様子。とにかく早く新大阪駅へ着いてくれと思いながらバスに揺られた。

 新大阪へ着くと、奥さまと娘さんがお迎えにいらしていた。状況の説明とお詫び、医師からの書類などお渡しして別れた。また、山へいらして下さいねと声をかけたが、ご家族の思いは複雑だっただろうと思う。自分のガイディングの反省点をさがし、奇跡的に自力下山できた幸運と、焼岳小屋スタッフのサポート、県警救助隊、添乗員、同行ガイド、ツアー会社、医療スタッフなどに感謝をしながら帰路につき、このトラブル多きツアーも幕を閉じた。

※画像はイメージで、本文とは無関係です。


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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。